随分前の話だが、航空会社のシステム障害で、飛行機が飛べなくなったことがあった。7万人に影響が出たそうで、社長の謝罪会見が大きく報道されたから覚えている読者も多いだろう。しかし“たかだか7万人”に影響したにすぎない。経営トップの謝罪会見という大げさな事態になるのか、私には理解できなかった。

 ちょうどその頃、私は鉄道のトラブルに乗客として巻き込まれたことがあった。ただし、システム障害ではない。鉄道の信号機の故障か何かで、長時間、列車が止まった。朝の通勤時間帯だったので、多くの人が迷惑を被った。私も列車の中に缶詰にされ、午前中のアポをキャンセルせざるを得なかった。

 鉄道としてはさほど珍しくないトラブルをよく覚えているのは、このトラブルを報道した新聞記事に「70万人に影響」と書かれていたからだ。航空会社のシステム障害の10倍である。しかし、鉄道会社のほうは目立たない記事だった。経営トップの謝罪会見はもちろん無しだ。

 この違いは何なのか。なぜシステム障害だと経営トップを巻き込む大騒ぎとなるのか。私には理不尽に思えた。そんな時、企業法務が専門の弁護士と話をする機会があったので、この疑問をぶつけてみた。すると、「トラブルが全社的な問題に起因するのか、つまり経営上の問題なのか、単なる人為的ミスや機械の故障なのかの違いでしょう」と弁護士は答えた。

 確かに、鉄道の個々の信号機トラブルは単なる故障かもしれない。機械を絶対に故障させないことは不可能だ。規定された手順で点検作業を実施しており、故障の際の対処に問題なければ、よほどの大事故にでもならない限り、経営トップが謝罪するような話にはならない。

 では、システム障害の場合はどうか。システムにおいてもハードの故障やソフトのバグをゼロにはできない。その点では本質的に信号機のトラブルと同じである。しかるべきテストや点検を実施しているのが前提だが、重大なトラブルでなければ、経営トップがテレビカメラの前で頭を下げる必要はないのではないか。

 どうして大騒ぎになるのかと言えば、システム障害は即、全社的問題、統制上の問題と見られるからだ。経営がきちんとマネジメントしていないから、こういう事態に立ち至った。つまり、経営トップが頭を下げなければいけない“事件”と見なされるわけだ。航空会社のトラブルが、単なるバグや故障の問題にしかすぎなかったのか、それとも統制上の問題だったのかは、今どうこう言うのは難しい。ただ一般的に、システム障害はどんなに些細なトラブルでも、不可抗力のバグや故障であっても、経営の統制上の問題と見なされて断罪される。

 こうなる背景には、まずシステム障害の原因がITの知識の無い人からはよく分からないことがある。しかも、多くの企業でシステムは経営の要だと喧伝してきた。そのようなわけで、システム障害は、経営上の統制の問題と見なされてしまうわけだ。

 ただ、こう書いていて、ふと思い至った。最近はシステム障害で経営トップが頭を下げることが少なくなった。そう言えば、最近のシステム障害の“言い訳”は「担当者のミス」「機器の故障」がやたらと多い。多くの企業でシステム障害の発表時の苦い教訓が生きているのかもしれない。ただ、そう発表することで、経営の統制上の問題を誤魔化していないか、逆に心配ではある。