写真●モジラジャパンでエバンジェリストを務める浅井智也氏(撮影:稲垣 純也)
写真●モジラジャパンでエバンジェリストを務める浅井智也氏
(撮影:稲垣 純也)
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 エバンジェリストの仕事は、製品や技術を一般のユーザーや企業に分かりやすく解説することだ。「夢を見せるエバンジェリスト」を自称する浅井智也氏はモジラジャパンで、ブラウザーFirefoxをはじめとする米モジラ製品や、モジラ以外の最新Web技術を紹介している。

 米モジラはFirefoxのほか、スマートフォンの基本ソフトFirefox OSなど開発しており、モジラジャパンは日本支部にあたる。浅井氏はイベントなどで1カ月に3~4件の講演をこなす一方、個別の企業や個人の集まり(コミュニティ)でも話をしている。

 浅井氏とモジラの出会ったのは高校生の時だ。きっかけは苦手だった英語の勉強である。当時の悩みは英語だったが、参考書を使った勉強には興味を持てなかった。「参考書の問題には日本語訳の答えがある。翻訳しても意味がないと感じた」。

 「どうせなら、勉強でも仕事でも人のためになることをやりたい」。浅井氏は日本語訳が存在しない文書を翻訳しようと考えた。翻訳結果を公開すれば、人のためになるし、自分の英語の勉強にもなる。

 当時、浅井氏は、誰でも開発できて制約を受けずに成果物を共有するオープンソースの考え方を知り、共鳴していた。翻訳の成果物を共有しようと思い立ったのもそのためだ。

 「エリック・レイモンド氏の『伽藍とバザール』を読んだときには感動しました」。

 Web技術にも興味があった浅井氏は、モジラが公開していた文書を日本語訳することを思い立ち、モジラの技術文書を翻訳していた国内のコミュニティに投稿するようになった。

 「翻訳を投稿すると、いろいろな人から意見をもらえて参考になった」。翻訳を通して、英語力は確実に上達したという。

 大学生になってもモジラ関連の翻訳活動を続けた浅井氏は気が付けば翻訳プロジェクトの中心人物の一人になっていた。2004年にリリースされたFirefoxを日本語化する責任者を務めた。

 当時設立されたばかりのモジラジャパンが浅井氏の活動に注目し、日本語化の責任者になってほしいと要請した。これまでの活動と同様に、「みんなのためになるのなら」と浅井氏はボランティアとして引き受けた。

 日本語化の責任者を長く続けるつもりはなかったものの、後任がなかなか見つからなかったため、その後のバージョンについても日本語化を引き受けた。

 大学生および大学院生生活と日本語化責任者の二足のわらじをはいたため、苦労は多かった。急きょリリースされた新バージョンの日本語化のために、大学の試験を途中で抜け出したり、アルバイトを休んだりしたこともあった。

 大学院を修了後、2008年4月に浅井氏はモジラジャパンに入社した。「インターネットを全ての人の利益になる方向へ発展させる」というモジラの目標に共感したからだ。

 浅井氏が現在力を入れているのは、Firefox OSを搭載したスマートフォンの伝道だ。Webの新技術を採用した、軽量かつオープンなFirefox OSを利用すれば、100ドルのスマートフォンを実現できると期待されている。

 「いわゆる『ネクスト・ビリオン(次の10億人:今後発展するであろう国や地域の人々)』がスマートフォンを利用できるようになる」と浅井氏は語る。

 モジラの目標を目指し続ける浅井氏は、「Web技術の発展は、現在のネットユーザーだけではなく、人類全体の幸福につながる」という思いを胸に、日々、情報を発信している。

 Webの最新技術を活用した製品・サービスも、使われなければ宝の持ち腐れだ。浅井氏の発信する情報で、最新技術に対する開発者やユーザーの理解が進み、利用が促進されることを期待したい。


勝村幸博
日経パソコン
 日経インターネットテクノロジー、ITproの記者を務めた。セキュリティやインターネット技術に関する記事を執筆することが多い。