写真●株式会社フューチャーセッションズ代表取締役 野村恭彦 氏
写真●株式会社フューチャーセッションズ代表取締役 野村恭彦 氏

 「今の時代、本当にインパクトを与えるようなイノベーションを起こそうというのであれば、自分たちがこれまで商品やサービスの対象としてきた市場の枠をいったん越えていくしかない」。

 フューチャーセッションズ代表取締役の野村恭彦氏はこう語る。野村氏は日本における「フューチャーセッション」の第一人者。フューチャーセッションは、異なるステークホルダー(利害関係者)が対話しながら、新しい価値を見いだすための取り組みあるいは手法を指す。

 IT分野ではNTTデータ、東京海上日動システムズ、富士通研究所などがフューチャーセッションを導入し、組織改革や新商品・サービスのアイデア創出などに適用し始めている。フューチャーセッションの概要や適用例などについては、筆者が書いた記事や、野村氏の著書『フューチャーセンターをつくろう』(発行はプレジデント社)などを参照していただきたい。

 当時は「フューチャーセンター」と呼んでいたが、「施設を想起させる『センター』という呼称ではなく、未来を志向する人々が集まって推進する『セッション』という呼称を使ったほうが、目指す姿にふさわしい」(野村氏)ということで、最近フューチャーセッションと名を変えた。

 「企業組織が直面する問題は、同じ立場にある人々の集団だけでは解決できないほど、複雑性が増している」と野村氏は指摘する。そこでフューチャーセッションではなるべく、ビジネスパーソン、行政機関の担当者、先に挙げたような社会起業家、医療関係者、一般市民といったような、異なる立場にある人たちを1つの場に集めるようにする。

 そして、そのような異なる経験や考え方を持つ人々同士で、特定のテーマについて対話してもらう。これにより、社内だけで話し合っていたときには出なかったような、新しいアイデアの創出を狙う。

 フューチャーセッションでは、利用する施設(会議室)が備えるべき要件や、対話の場を取り仕切る際に留意すべき点などが整理されている。こうした特徴から考えれば、フューチャーセッションは「人と人のつながりから新しいアイデアを生むための手法の集合体」とも表現できそうだ。

 日本のIT分野においては、各所で「革新的なITサービス、独創的なIT関連商品を創出し、国内から海外へと発信すべき」と叫ばれて久しい。見渡してみれば個性的で便利な商品やサービスもちらほら登場しているが、実態としては、現場にいる個々人による体当たり的な努力に頼っているのが現状だ。企業のマネジメント側は決してそのつもりはなかったとしても、現場の奮闘を黙って見守るしかないというレベルにとどまっている。

 フューチャーセッションのような手法は、そうした「現場に任せざるを得ない場当たり状態」から「組織的な取り組み」へと一段レベルアップさせる取り組みともいえる。

 野村氏は富士ゼロックスに勤務していた2007年頃からフューチャーセッションの推進活動を始め、2012年に独立。引き続きフューチャーセッションの導入や推進支援のコンサルティングを手がけている。

 富士通研究所でフューチャーセッションの導入に携わった岡田誠氏は、その手応えを次のように語っている。「(フューチャーセッションを通じて)今の技術や手法では解決できないことを数多く見つけられそうな感触がある。『今できないこと』は研究者にとっては次の研究テーマにつながる。研究テーマのシフトが早々に起きてくるのではないか」(岡田氏)。富士通研究所のフューチャーセッション導入には野村氏も携わっている(富士通研究所の事例記事)。

 フューチャーセッションの普及がどのように進んでいくか。そしてフューチャーセッションがどれだけイノベーティブなITサービスやIT関連商品に貢献するか。今後の動きを注視したい。


高下 義弘
ITpro
 1998年に日経BP社に入社。日経コンピュータ、ITproの編集記者を経て2009年に独立。フリーランスとしての活動に加え、引き続きITproのライターとして取材・記事執筆を担当。人および組織の創造性を広げる手法やテクノロジーに関心を寄せる。