勤務していた会社を辞め、たった一人で「達人出版会」という電子書籍専門の出版社を作ったソフトウエア技術者がいる。
高橋征義氏は達人出版会の代表取締役を務めるとともに、プログラミング言語Rubyの利用者や開発者の支援組織「日本Rubyの会」の代表理事という顔も持つ。
出版社を作ろうと思ったきっかけは「技術者がきちんとビジネスやマネタイズを意識するための勉強会」を準備するために、とある飲み会に参加したことだった。
「どんなビジネスをすればいいか」と他の技術者と話し合っているうちに、「良質な技術コンテンツを電子書籍として提供するサービスが日本にも欲しい」という話になった。
既存の出版の枠組みの中で出版社が電子書籍に注力しようとしても簡単ではない。こう考え、高橋氏は自分でやってみることにした。
当初はソフトウエア開発会社に勤めながら、電子出版サービスを検討した。しかし、同氏は昼の仕事に加えて、Rubyコミュニティーの活動と原稿執筆も抱えている。
電子出版サービスは片手間ではできない。思い切って本業として取り組むことにした。2010年3月末に会社を辞め、同年6月に株式会社として達人出版会を設立した。
達人出版会が使う電子書籍システムは、オープンソース・ソフトウエアを利用して高橋氏自ら構築した。もともとWebサイト開発に10年以上携わってきた実績があったからだ。さらに書籍の企画から編集、出版、販売まですべてを一人でこなしている。
同社のサイトには高橋氏や技術者の思いが次のように記されている。
「最新の技術をいち早く日本語で読みたい。気になる技術をまとめて知りたい。本になるまで待てないし、ネットの検索はノイズが多すぎる。そんな悩みを抱えたITエンジニア、ITユーザの願いを叶えるために、このサービスは誕生しました。達人出版会は、主としてIT系の技術書籍をPDF・EPUBの電子書籍としてお届けする、技術志向の方々のための出版サービスです」。
読みたい技術者が、技術者が書いた技術書籍を買う。「読みたい人が執筆者にお金を払うシンプルなモデルを手掛けたかった」と高橋氏は語る。Webサイトの仕事をしていたときから、受益者負担ではない広告モデルに違和感を持っていたという。
「こんなサービスがあればいいのに」と既存のサービスに不満を持つユーザーは多い。そんなとき、ソフトウエア技術者であれば自ら理想のサービスを作り上げることができる。
著名な計算機科学者アラン・ケイ氏の「未来を予言する一番簡単な方法は、自分で未来を創造することだ」という名言を高橋氏は自ら実践している。
日経ソフトウエア編集