図●混乱している経営者の頭の中を、佐藤可士和氏(図中の「士」)を通して整理し、本質部分だけを社会(消費者)に分かりやすく伝える(図は佐藤氏の自筆)
図●混乱している経営者の頭の中を、佐藤可士和氏(図中の「士」)を通して整理し、本質部分だけを社会(消費者)に分かりやすく伝える(図は佐藤氏の自筆)
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 まず1枚の図を見ていただけるだろうか。これはアートディレクターの佐藤可士和氏にインタビューしたとき、佐藤氏が話しながら自ら描いてくれたものだ。図の中央にいる「士」が佐藤氏である。

 佐藤氏は自身を「医師」に見立てることがある。課題を抱えるクライアント(図の企業)を問診し、彼らの頭の中から大事な言葉や思いをかき集める。そうして拾い上げた素材から無駄をどんどんそぎ落とし、事の本質だけを整理した結果をズバッと社会に対して見せる。整理術と表現の飛躍ぶりが佐藤氏の最大の武器である。

 人気アートディレクターと整理とは一見、何の関係もなさそうに思えるが、実は密接に結び付いている。佐藤氏自身、アートディレクターという仕事を語るうえで「整理は欠かせない」と繰り返し主張してきた。

 クライアントの経営者は皆、佐藤氏の整理術に魅了されてきた。こんがらがった経営課題を丁寧に解きほぐし、整理した結果を短い言葉や原色一発で表現する。その「潔よさ」に名だたる経営者たちがとりこになっている。

 セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長、楽天の三木谷浩史会長兼社長、カルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭社長といった経営者たちだ。いずれのケースについても佐藤氏は、社長や会長から直々に指名され、仕事を引き受けている。セブン&アイの鈴木会長からは、何と対談中に仕事のオファーを受けたという。

 案件は多岐にわたる。たとえば、ファーストリテイリング傘下のジーユーが世界進出を見据えて、佐藤氏のアートディレクションのもと、ロゴを青と黄色に刷新した(関連記事:ロゴ刷新したジーユーのOtoO戦略、チラシからスマホとSNSにシフトしてモバイル会員650万人)。ユニクロとビックカメラが合体した「ビックロ」を発案し、東京・新宿に新名所を作り出した事例も記憶に新しい。

 いずれもシンプルで、ぱっと見て印象に残るデザインだ。g.u.からGUへのロゴの変更が示すように、佐藤氏は携帯電話やスマートフォンの地図画面などに、店舗を示すロゴマークを表示することまで念頭に置き、ロゴの形や色を考え抜く。

問診を通じた整理は経営改革そのもの

 グローブライドの小島忠雄社長(当時、現在は会長)に佐藤氏について聞いたことがある。小島社長は「(佐藤)可士和さんには結果的に、経営コンサルタントとして立ち振る舞ってもらった」と語っていた。

 小島社長は佐藤氏と2人きりで話し込むなかで「自分の頭の整理を一気に進められた」という。自分が本当にやりたかった改革はこれだったんだとようやく自分自身で理解でき、社名をそれまでのダイワ精工からグローブライドに変更する改革につなげた。

 「相談相手が可士和さんではなかったら、社名変更までは決断しなかったかもしれない」と小島社長は振り返った。そう、アートディレクター佐藤可士和氏の仕事は整理を通した経営改革そのものなのである。