写真●ジェームズ・チェン(James Chen)氏(撮影:新関雅士)
写真●ジェームズ・チェン(James Chen)氏
(撮影:新関雅士)

 「クールなテクノロジーを開発して、世界史に自分の名前を刻みたい。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのようにね。10億人以上の人生に影響を与えるのが目標だ」。

 自信を見せつつこう語るのは、楽天執行役員のジェームズ・チェン氏だ。楽天の三木谷浩史社長は「スーパーエンジニア」と絶賛し、楽天市場のシステム開発を任せている。

 楽天はここ数年、海外のEC(電子商取引)事業者を相次いで買収し、グローバル化を進めてきた。そうした中、チェン氏が目指すのは「越境取引」を拡大させること。ブラジルの店舗で売っている家具をフランスの顧客が楽天経由で買えるようにする。

 現時点では大きな課題がある。買収した子会社の情報システムが統一されていないことだ。商品価格や言語、さらに物流など、ECに不可欠な情報や仕組みを各国で共通化あるいは連携しなければ、越境取引など夢物語に過ぎない。

 そこでチェン氏は、全世界共通で使えるAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)の開発に注力している。各国子会社の基幹系システムを統合しなくても、APIを介して情報をやり取りできる仕組みを整えれば、楽天市場出店者が国境をまたいで商品を販売するのが容易になるからだ。

 「越境取引をいち早く実現できれば、米アマゾンや米イーベイではなく、楽天がEC事業でナンバーワンになれる」。携帯電話の普及により、世界中ほぼ全ての人がインターネットに接続してECを利用できる環境が整いつつある。EC分野で競合を圧倒できれば、利用者数は10億人を超えるはず。こうした思いが、システム開発の原動力になっている。

 ではなぜ、チェン氏はITを通じて人々の生活を変えようと考えたのか。時計の針を30年ほど巻き戻してみよう。

 1977年に台湾で生まれたチェン氏は、8歳の時に家族で米国に移住した。「とにかく、何かを作るのが大好きだった」。10歳になる前から、プログラミングも始めていた。

 米マサチューセッツ工科大学(MIT)に入学すると、化学を専攻した。だが、大学生活は想像とは違っていた。じっと実験室の机に座り、化合物を合成する日々が続く。「ある化合物を作るのに2カ月もかかった。残りの人生をそんなふうに過ごしたくはなかった」。

 一方で世界有数の研究所「MITメディアラボ」にも所属し、プログラミングの腕を磨いていた。そこで自作した画像処理ソフトが企業の目にとまり、売り込むことに成功。これが転機となった。

 「ITを使えば、アイデアをすぐに実現できて、他の人に使ってもらえる」。こう確信したチェン氏はMITの在学中にITベンチャーを起業する。買収されると、親会社のCTO(最高技術責任者)となり、エンジニアとしての実力を高めていった。MITを卒業したのは2000年だが、それ以前からITの世界で頭角を現していた。

 そして2009年、チェン氏が在籍していた企業を三木谷社長が買収したのに伴い、楽天に入社。わずか2年で、執行役員に抜擢された。

 「日本人はアイデアを思いついたら、まず周囲に相談する。私はとにかく作ってしまう。根本的な違いはそこにある。失敗する可能性はあるけれど、失敗したら次に行けばいい」。

 越境取引の実現には、まだまだ試行錯誤が必要だろう。APIの開発も道半ばだ。だが、最初から完璧な製品は存在しない。とにかく試してみて、利用者の声を反映させながら進化させる。それが完璧に至る近道だ。チェン氏はそう考え、今日もシステム開発に没頭する。


小笠原啓
日経コンピュータ
 日経ビジネス記者などを経て、2011年からIT業界を担当。企業がどのようにITを使いこなし、成長に結び付けているかが取材のテーマ。