ベトナム政府の、IT分野にかける思いは強い。日本貿易振興機構(ジェトロ)・ハノイ事務所の古賀健司ディレクターによると、政府は2020年までにICT産業を180億ドルに拡大させる目標を掲げているという。その実現のため、同年までに技術者を100万人に増やす計画もある。

 しかし実際には、政府目標を超える速度でベトナムのIT産業は成長している。「ベトナムICT白書2012」によると、2011年末のIT産業規模は前年比79%増の約137億ドルに達した。実質GDP成長率が5%台で伸び悩む中、政府がIT分野にかける期待も大きい。

 IT技術者の拡充についても、目標達成の公算は高い。2011年時点で25万~30万人の技術者がおり、年間5万~6万人を新たに輩出しているという。人材育成のペースを多少上向かせることができれば、2020年までに100万人という数字は十分に達成可能だ。

IT分野には最高の優遇

写真●ハノイにある情報通信省の建物
写真●ハノイにある情報通信省の建物
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 IT企業に対しても積極的な援助を提供する。例えば、情報通信省内にサポート部門を設けており、国内のIT企業に対して、システム開発プロセスの成熟度を表す「CMMI」や情報セキュリティ管理の国際標準規格である「ISO27001」の取得を支援している。

 政府が後押しするのは国内企業の支援だけに限らない。外資系企業に対しても、税制面での優遇措置を採る。「IT産業は最高の優遇を受けられる分野だ」と、情報通信省情報技術部門のフン副部長は強調する。ベトナム政府は、ハードウエアおよびソフトウエア分野でベトナムに進出する外資系企業に対し、4年間の免税期間とそれに続く9年間の減税期間を提供している。

 これはベトナムにおける産業誘致施策の中でも、最高の優遇措置であり、財務省との激しい交渉の末に維持、獲得しているものだという。「日本企業向けの優遇政策も検討中だ」とフン副部長は付け加える。

 「ベトナムのIT業界は、外資企業にとってビジネスがしやすい分野の一つだ」と、古賀ディレクターは説明する。例えば建設業界では、不正なども多くベトナム企業との取り引きは一筋縄ではいかないという。

 一方IT企業には、日本などへの留学経験を持つ社長も多く、商習慣におけるギャップは比較的少ないという。IT分野における日系企業の進出も増えており、ジェトロ・ハノイ事務所には「月に4社のペースでIT企業が、進出検討の相談に来訪してくる」(古賀ディレクター)。

注意すべき三つのポイント

 好調なベトナムのIT産業だが、現地に進出したりオフショア開発を実施したりする日系企業にとっては注意すべき点もある。古賀ディレクターは主に三つの課題を挙げる。

 一つめは人件費の上昇が始まっている点だ。ベトナムのIT業界は人手不足の状態で、IT技術者の給与は20~30%の割合で上がっているという。

 二つめは離職率の高さである。IT技術者が売り手市場になっていることもあり、ジョブホッピングなどが要因で離職率は20%に上る。

 三つめは、不透明な政府方針だ。IT分野ではないが、例えば、2013年1月には「省エネ法」が施行された。家電製品に省エネ性能を示すラベル貼付を義務づける法律だが、承認する検査機関は一つしか存在せず、1日の処理件数は2~3件程度。1社で100近くの製品を扱う日系企業もある中で、非現実的な政策に、日系企業の多くが振り回されているという。

 ベトナムにおけるメリットと注意点を踏まえたうえで、自社にとって最適なビジネス関係を模索する努力が日系企業には必要だ。