パブリッククラウドやアジャイル開発、スマートフォンにタブレット---。ほんの数年前に、多くの人が「使えるわけがない」と不審の目を向けたものが、今やITの世界で完全に市民権を得た。その一方で、従来のシステム開発や運用の世界にはすきま風が吹き始めている。

 ウォーターフォール型のシステム開発はどうなるのか。人手によるシステム運用は必要なくなるのではないか。従来の企業情報システムの世界でキャリアを形成してきた技術者、そしてIT部門、SI(システムインテグレーション)を主な生業とするIT企業は、自分たちの仕事が失われてしまうのではないか、という悪い予感にさいなまれていることだろう。

 ならば、いっそのこと自ら進んで、自分の仕事を無くしてしまう取り組みに注力してみてはどうか。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」である。いや、そんな大げさな話ではない。今の自分の仕事を消滅させることで未来への扉を開けた事例は山のようにある。私がその現場を目撃した話をこれからしよう。

 時は1990年代初頭、20年以上も前の話だ。当時、今と同じような大規模なパラダイムシフトがIT業界で話題を集めていた。企業のシステムがメインフレームからオープン系のシステムに移行する、いわゆるダウンサイジングである。

 「メインフレーマ」と呼ばれていた大手コンピュータメーカーは、この動きを「あり得ない」「ばかげた話」と言下に否定した。本当のところはどうなのか。私は米国のダウンサイジング事例を調べることにした。当時、Webも電子メールも無い時代だったから、事例を見つけてアポを取るのに苦労したが、なんとか数社の事例を見つけて、米国に取材に赴いた。

 その1社がテネシー州ナッシュビルにあった建設会社。ちょうどメインフレームを撤去してUNIXサーバーを核にしたクライアント/サーバーシステムに置き換えたばかりだった。取材に訪れた日本人記者は初めてということで、最終段階だった移行作業を中断して、CIO(最高情報責任者)をはじめIT部門総出で大歓待してくれた。そのときの彼らの話が刺激的だった。

 「このプロジェクトの重要なポイントは、自分たちのこれまでの仕事を無くしてしまうことなのだよ」とCIOが言うと、「その通り」と技術者たちはゲラゲラ笑う。これまでの仕事とは、メインフレームの運用であり、そのアプリケーション開発のことだ。

 「仕事が無くなれば、皆さんはどうするのですか」と間抜けな質問すると、またも全員が大爆笑。CIOが質問を引き取り、「もちろん何人かは新システムで業務を続けるが、私を含め大半の人は移行成功の実績を元手に、より良い仕事を求めて転職するつもりだ」と答えてくれた。私は、なぜ米国でこんなにもイノベーションが起こるのかを初めて理解できた気がした。

 さて、今の皆さんが置かれている状況は、彼らとよく似ていないだろうか。自分の仕事が無くなる不安にさいなまれているぐらいなら、彼らを見習って、自らの手で愛着ある仕事を葬り去り、新しい仕事を我がものにしてはどうか。

 これからは、既存のシステム開発・運用から、クラウドをベースにしたアジャイル開発への移行などが旬を迎える。いち早く取り組めば、大きな実績となり移行ノウハウも溜まる。クラウドなどの最先端技術も習得できる。それに取り組んだ技術者やIT部門、IT企業は、引く手あまたとなるだろう。