今回からしばらく、CIOになる前も含めた、ソニーIT/IS時代の経験を書いてみたい。
この連載の担当編集者からは「ソニーで事業部門とけんかした話を書いてほしい」とリクエストを受けたのだが、残念ながらというべきか、そうした経験は実はあまり無い。
よくやったのが「雑談」だ。
グローバル化が進んでいたソニーでは、IT/IS部員も海外勤務の機会が多かった。1990年前後に米国の製造とエンジニアリングを統括する会社で働いていた際、トップだったのが後にソニーの社長になった安藤国威さん(現・ソニー生命保険名誉会長)だった。
この会社のシステム戦略をどうするかについて安藤さんと話していた時だった。安藤さんが「こんなシステムを作ってほしい」と話し始めたので、失礼だとは思ったが、途中で遮えぎらせてもらった。
「ちょっと待ってください。『どんなシステムがほしい』かではなく、安藤さんのやりたいことや夢を教えてくれませんか。それを実現するシステムをデザインするのは僕の仕事です」
無意識のフィルターを外す
今思えば生意気な言い方だったが、安藤さんはすぐ分かってくれたようだ。「いいねー、じゃあ雑談しよう」と言って、当時の課題やこれから会社が向かう方向について、考えていることをいろいろ話してくれた。自分の視野とは違うインプットが豊富な、とてもリッチな内容だった。
安藤さんとはその後も「リッチな雑談」を続けた。それはIT戦略を考えていくうえで大きな助けになった。目の前の課題解決だけに視点を置かず、会社の今後の方向性をにらみながら、「その実現に貢献するにはどんなシステムが必要か」を考える癖が付いた。(安藤さん、ありがとうございました)
コミュニケーションの目的は、正確に伝え、正確に理解すること。一種のエンジニアリングだと思う。コミュニケーションの効率を高めるために、情報を受け取る側は無意識にフィルターをかけている。目前の課題解決に必要なインプットと不要なものを仕分けし、後者を暗黙のうちに拒絶する。情報を発信する側も、「この相手はこうした情報を必要としていないんだな」と分かれば、それ以上出さない。
リッチな雑談は、効率的なコミュニケーションの対極に位置するものだろう。今抱えている課題の解決には全く役に立たない、それどころか自分に関わりがあると思えない話を聞く。その場で忘れてしまうこと多い。それでも心に残ったことが、将来アイデアのタネになったり、新規案件の優先順位決めに役立ったりする。
以前ある役員から、「昔のシステム部門はよろず相談所。いろんな相談に乗ってもらったものだが、今は誰に聞けばいいか分からない。誰かを捕まえて話をしても『なぜ僕に聞くんですか』という顔をされるんだよ」という話を聞かされたたことがある。
ビジネスのスピードが速くなり、誰もが時間に追われて仕事をする今、リッチで冗長な雑談に長い時間を割くのは難しくなった。それは分かってはいるものの、時には雑談に身を委ねてほしいと思う。大げさな言い方かもしれないが、自分の軸を作るものだから。
ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム グループ バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー
元ソニーCIO