現政権でも成長戦略の柱の一つに据えられ、いつの時代も「最先端」「最新鋭」という言葉で修飾されることで、期待値が大きく高まる「医療」。その「医療」に「IT」という語が加わったら、まさに最強ではないか!――そう思われる方も多いはず。

 しかし実際には、「IT」をそのポテンシャルどおり十分に生かすことができている医療現場は少ないのが実情だ。

 筆者は、医師として医療現場で勤務しながら、医療現場のIT化に10年以上にわたり携わってきた。現在は帝京大学医学部附属病院で勤務しているが、そこで医療情報連携基盤にSOA(サービス指向アーキテクチャ)を導入して統合型病院情報システムを構築し(関連記事)、音声・データ兼用携帯電話による情報伝達・共有の仕組みやリアルタイムで手術スタッフの管理が可能な手術室管理システムなどを導入した(関連記事)。

 このほかにも、手術室やICU、ERなどにBluetooth対応デジタルカメラを導入したり(関連記事)、初診患者の問診と治験管理の業務にコンティニュア対応機器とノートPCを活用したり(関連記事)、様々な課題に取り組んだ。

 それでも、医療現場でITが十分に生かされていないと感じている。これは10年以上前から変わらない。

 医療をIT化するといっても、何をIT化するのか?そもそも、医療現場では何が起きているのか?連載第一回目は、病院の業務のIT化について、やや散文的になるが、これまでの経緯などを交えて説明したい。

まずは発注と会計からIT化が始まった

 現代の医療現場では、看護師や技師など複数の職種が相互に連携しながらサービスを提供している。例えば、医師が血液検査をしたいと考えた場合、検査オーダーを臨床検査技師に依頼することになる。そして、検査に必要な血液の採血を看護師にも依頼する。つまり、検査や治療の実行に際しては、医師は他の医療職種に依頼することになる。一方、看護師や技師などの医療職種においては、その日、あるいは、ある時間帯に実施すべき医療内容を事前に把握できれば、効率よく業務が行える。

 従来、このような医師からの指示、その指示受け、そして指示の実施は、紙伝票を使用して行われていた。この紙伝票のやりとりをシステム化したのが、医療のIT化の代表例であるオーダリングシステムである。診察室に設置されたパソコンから、医師はオーダリングシステムを通じて検査や薬を依頼。看護師や技師はその画面を確認して、依頼の内容を確認したり、自分が次に実施すべき業務を把握したりするのである。

 また、病院で診察や治療を受けると、その内容に応じて支払いをすることになる。病院は、診療に対する対価を患者に請求する。自費などの場合を除いて、保険証を提示して診察を受け、窓口で「3割負担なので○×円です。」などと言われた記憶は誰しもあるだろう。医療保険の詳細な議論は割愛するが、病院の費用請求額の3割を個人が窓口で支払い、残りの7割は保険で賄われる、という具合である。

 投薬や処置など医療行為のそれぞれについて、全国一律の決められた価格があり、それを診療報酬という。診療報酬は、最終的には「円」で処理されるのだが、価格表の単価として、1点=10円とした診療報酬点数なるものが存在する。例えば、筋肉注射をした場合には、「皮内、皮下及び筋肉内注射(1回につき)18点」であり、1点=10円であるから、180円である。

 診療の費用は、このような診療報酬点数にしたがって計算される。そして診療報酬の明細書は「レセプト」と呼ばれる。もちろん、診療報酬点数の計算、費用の算定、明細書の作成には、コンピュータが適している。

 実は、この診療報酬点数の計算にコンピュータを用いたことが、我が国の医療IT化の最初の一歩であったといえる。この"病院のレジスター"であるコンピュータは、一般的に「レセコン(レセプトコンピュータの略称)」と呼ばれている。また、先に説明したオーダリングシステムは、診療内容を「発注」の時点で捉え、内容をダイレクトにレセコンに伝達するために開発されてきたという方見方もできる。そのため現在でも、レセコンとオーダリングシステムは一体のシステムとして構築されることが多い。