前回は、「ソリューションビジネス化」を進めるうえでほとんどの企業が、ある段階でビジネス上の壁、つまり「ソリューションビジネスの死の谷」にぶち当たることを説明しました。「従来の物売り」から「顧客視点の課題解決」に転換する際には、越え難い不連続なギャップが存在することを意味しますが、では、なぜ「死の谷」が発生するのでしょうか。

 「死の谷」が発生する原因は、物売りの延長線上にソリューションビジネスがあるのではなく、これらの2つはある意味で180度対立する価値観の上に成り立っているからです。この2つをうやむやにしたままで、何となく「顧客視点の課題解決」という“ひびき”のよい言葉の下、大きな矛盾を抱えたままでビジネスが進行することで、「ソリューションの溝」に直面してしまうのです。

自社製品を売ることは、目的か?手段か?

 一つの典型的な例は「自社製品を売ることが目的か手段か」という違いです。これは、顧客にとっての真の価値を考えるならば「競合製品を納めた方がよい」という場面に遭遇したときに顕在化します。

 「純粋な顧客視点」に立つならば、取るべき選択肢は明快です。あくまでも中立的に判断してベスト(品質、コスト、納期、付加サービスなどの観点から)と思う製品を選択すればよいことになります。ところが多くの「ソリューションビジネス」ではそうはなりません。物売りから派生した擬似的なソリューションビジネスでは、最終的な目的が自社製品の売り上げを上げるためであるために、「それでも自社製品を納める」という最終決定が下されるからです。

 多くの会社では、製品を売るためのコンサルティングなど、「顧客課題解決」をうたう部門や担当者が製品営業とは別に存在します。こうした部隊が「顧客視点」で解決策を提示するという建前でありながら、やはり最終的には自社製品を「売りつける」ことをミッションとしているのです。

 あくまでも社内の主役は「製品の販売」であり、花形はやはり製品部門ということになるのでしょう。こうしたメーカーの「顧客ソリューション担当」というのは常に上記のような矛盾に直面するたびに無力感を味わうことになります。

 責任と権限は常にセットで語られるべきものです。そのため、「純粋に顧客視点で提案する」という権限を事実上剥奪された状態では、当然売り上げや利益に対して完全に責任を持つことはできません。いきおい黒字化を手始めとするさらなる売り上げ拡大や「独り立ち」に大きな壁が立ちはだかり、死の谷が発生することは想像に難くないでしょう。

細谷 功(ほそや いさお)
ビジネスコンサルタント
 1964年神奈川県生まれ。東京大学工学部を卒業後、株式会社東芝を経て、アーンスト&ヤング、キャップジェミニ等の米仏日系コンサルティング会社にてコンサルティングに従事。専門領域は、製品開発や営業等の戦略策定や業務/IT改革。併せて問題解決や思考力に関する講演やセミナーを企業や各種団体、大学等に対して国内外で多数実施。著書に『地頭力を鍛える』(東洋経済新報社)等。最新刊は『会社の老化は止められない――未来を開くための組織不可逆論』(亜紀書房)。