これまで80回以上にわたり連載してきた本コラムは、タイトルを「シリコンバレー流、達人に学ぶ起業スピリッツ」に変え、今回から隔週でお届けします。新装後の第1回は、中国における起業事情です。3月の訪問をきっかけに学んだ内容が記されています。(ITpro)

 去る3月、「スタートアップ・マニュアル」(原題:Startup Owners Manual)の日本語版と中国語版の出版ツアーで、私は日本と中国に2週間ほど滞在しました。今後5回のブログで、私が中国で学んだことを、皆さんと共有したいと思います。その後、日本に関するブログが続きます。

 私の中国の滞在はわずか1週間だったので、このブログは大雑把な見解になります。中国に滞在に関しては、私の著書の出版社であるチャイナ・マシン・プレスのほか、現地企業イノベーション・ワークの李開復氏、マイクロソフトアクセラレーターのデビッド・リン氏に感謝します。

 要約:私はシリコンバレーに35年住み、ニューヨーク、ヘルシンキ、チリのサンチャゴ、サンペトロスバーグ、モスクワ、プラハ、東京といった起業家の集積地で教えてきましたが、北京のスタートアップ企業の中心地である中関村への訪問は、まさに驚嘆そのものでした。

 先に挙げた起業家の集積地は、どうすれば次のシリコンバレーになれるのかを考えています。しかし、北京は既にシリコンバレーの域に達しています。

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 これまで中国が歩んできた旅路は、どれほどまでに長く特異だったことでしょう。1949年に中華人民共和国の設立後、全ての産業は国有化され、農業は集団化され、私企業は淘汰されました。全ての企業は国家(中央政府)に所有され、全ての事業計画は国家に集約され、全ての資源の配分は国家が決定しました。これが 、私がこれまで知っていた中国です。私企業は犯罪であり、マーケティングは職業ではありませんでした。

 「中国は自国を変貌させた」と表現するのは、あなたができる最大の過小評価です。中国は、ウオール街が夢にしか想像できない規模で、国家資本主義を受け入れたのです。

スタートアップ企業、ベンチャー・キャピタル、共産党:中国では、これらがどのように興ったのでしょうか?

 中国の科学技術とスタートアップ分野の関係を説明するための最も良い比喩は、ソ連と冷戦中だった米国と対比し理解することです。第二次世界大戦中、米国は他の国では見られないほど、科学者を動員しました。第二次世界大戦が終わってからソ連が崩壊するまでの45年間に、米国は科学技術を戦略的資産とみなしました。米国は、自国を防御し、仮想敵国に攻撃を止めさせ、必要であればソ連との戦争も辞さず、最終的に勝利を得る革新的な兵器システムの構築には、基礎および応用科学の確立が必要だと理解し、多大の投資を行ないました。

 これらの投資は、 基礎研究分野(米国科学財団、米国衛生研究所)、応用科学分野(国防省、国防高等研究計画局、エネルギー省など)の国立研究組織の構築に費されました。連邦政府が何千億ドルもの資金を科学支援につぎ込んだので、研究型大学は軍部のエコシステムの主要な一部になりました。

 スタートアップ企業、アントレプレナーシップ、商業用アプリケーションなどは、これらの軍需目的の投資からの副産物です。例えば、半導体事業が始まった当初のフェアチャイルドとテキサス・インスツルメンツの最大の顧客は、アポロ・ガイダンス・コンピューターとミニットマンII ICBM用の誘導システム用でした。

中国も同じ進路を進んでいる…

 過去30年間以上にわたって、米国と戦略的に同等の立場を得るため、また近代的軍部を構築するために、中国は、科学技術インフラ構築に巨額な投資を行ないました。中国人民解放軍(中国軍部)は、陸軍を主体とした軍部から、接近阻止・領域拒否兵器で南シナ海から台湾までを自分の領土として防衛できる軍部に変革しました。この変革は陸軍の兵隊数の有利性から、高性能の航空機、海洋艇、高精度の射的兵器などに加え、近代的C4SIR(命令、管制、通信、コンピュータ、情報機関、監視、偵察)の能力を誇るようになりました。中国軍部の第二砲兵部隊はICBMを管制するだけでなく、短距離弾道ミサエルを台湾、ベトナム、フィリピンと米国のグアム島と沖縄の基地に射点を定めています。最新式の標的誘導ミサイルは、いかなる地域戦争でも米国の空母を危険にさらします。中国軍部の空軍と海軍は、自衛軍という立場から大きく変貌し、カムチャッカ半島からマレー半島までの地域を効果的に管制できる力を持つようになりました。

 中国軍部の近代化は、中国の科学技術インフラへの投資に強く依存しており、国防産業の変革と、海外からの先端技術と兵器の公然もしくは内密な購入にも依存しています。

中国の科学技術インフラの構築

 中国政府が全てを所有し、中央統制システムを通じて全てをコントロールしていた1980年代から、中国の科学分野とスタートアップ企業は長い道のりを歩んできました。スタートアップ企業が中国に生まれるまでに、基礎科学、技術、財務のインフラとエコシステムが構築される必要がありました。ここからは、中国における科学技術政策がどのようにして興されたかを説明します。

 それは1982年のことです。中国政府は次の5分野で、一連の科学技術プログラムを開始しました。具体的には、「基礎研究」「ハイテク研究開発」「技術革新と商業化」「科学研究インフラの構築」「科学技術に必要な人材の開拓」への支援を始めたのです。

 科学技術プログラムの大半は、中国科学技術部(MOST)と中国国家自然科学基金委員会(NSFC)が推進しています。後ほど説明しますが、中国財務部(MOF)は新規ベンチャーへの資金支援に参画していました。

 下記の図は、OECD(経済開発協力機構)による中国のイノベーション政策報告書(Report on China’s Innovation Policy)における、科学関連政府機関です。(ただし、中国軍部の科学関連機関は含まれていません)

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・基礎研究:中国国家自然科学基金委員会(米国の全米科学財団と同等)の年間予算は、17億5000万ドル(約1750億円)。973件の国家基礎研究プロジェクがあり、これは中国科学技術部(MOST)の一部です。

・ハイテク研究開発:863件の国家高度技術研究開発プログラムは、元中国戦略兵器プログラムのリーダーが主導し、加えて国家重点技術研究開発プログラムも設けました。

・技術イノベーションと商業化:国家新製品プログラムと、地方でのイノベーションのための「スパーク・プログラム」、そして おそらく中国で一番重要なスタートアップ・プログラムである「トーチ・プログラム」があります。

・科学研究インフラ:国家重点研究所プログラムと、研究所建設と研究開発データーベース、科学研究ネットワークのための中国科学技術部のプログラムで構成されます。

・科学技術分野の人的資源の開発:海外からの帰国者や海外居住の中国人を引きつけるものとして、中国教育部は帰国学者へのシード資金や春暉プログラム、長江奨学金制度があります。中国人事部は精鋭100人のプログラムを用意し、中国国家自然科学基金委員会には、国家傑出青年科学基金があります。

 次回のブログでは、中国政府が運営している最大のアントレプレナーシップ・プログラムである、「トーチ・プログラム」を説明します。

学んだこと
・中国政府は、基礎と応用科学技術分野で主導権を取るように行動しています
・冷戦中の米国とソ連と同様に、中国は科学技術を利用して、先端兵器システムを開発しています
・技術系スタートアップ企業は、これらの投資の副産物です

2013年4月10日オリジナル版投稿、翻訳:山本雄洋、木村寛子)

スティーブ・ブランク
スティーブ・ブランク  シリコンバレーで8社のハイテク関連のスタートアップ企業に従事し、現在はカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学などの大学および大学院でアントレプレナーシップを教える。ここ数年は、顧客開発モデルに基づいたブログをほぼ毎週1回のペースで更新、多くの起業家やベンチャーキャピタリストの拠り所になっている。
 著書に、スタートアップ企業を構築するための「The Four Steps to the Epiphany」(邦題「アントレプレナーの教科書新規事業を成功させる4つのステップ」、2009年5月、翔泳社発行)、「Startup Owner's Manual」(邦題「スタートアップ・マニュアル」、2012年11月、翔泳社発行)がある。