多くの企業で、IT部門は他部署から“抵抗勢力”と見られている。特に最近はマーケティングやセールスでITを活用する事例が増えており、そうした取り組みに挑戦する事業部門からは、「これはダメ、それは時間がかかる」と言うIT部門に対して不満の声が続出する。

 システム面で万全を期す必要があるため、そう言わざるを得ないのだが、事業部門からは単に抵抗しているとしか映らない。「損な役回りだ」と嘆くIT担当者も大勢いることだろう。

 だが、事業部門の批判は本当に的外れだろうか。IT部門があまりに保守的になっていないか。新規ビジネスではスピードが命だ。システム面で完璧を求めていては、後手を引く。むしろIT部門が率先して無茶をやらないと、ビジネスのイノベーションなどできない場合もある。

 こんな話がある。時は1996年。とある大企業のIT部門が、とてつもなく“無謀”なことを試みた。その企業は日本エアシステム。後に日本航空と合併することになるが、当時は日本の三大航空の一翼を担っていた。そのIT部門が自らの主導で、インターネットを使った航空券のチケットレス販売をスタートさせたのだ。

 航空券のチケットレス販売が普及した今、その頃を知らない人には、大した話ではないと思えるかもしれないが、当時は“クレージー”なことだった。なにしろ、インターネットは危険というのが常識であり、まだ「メールは安全か」といった議論があった時代だ。ネット通販は個人商店が手がけている程度で、企業の事例はまだほとんどなかった。

 そんな時代に、個人顧客にネットを介して座席予約システムという基幹系システムにアクセスさせ、クレジットカード決済をさせようというのだ。サーバーには、基幹系では実績のないWindows NTを使った。素早くサービスを立ち上げるためだ。

 実は当時、日本航空と全日本空輸がWebを使ったサービス競争を繰り広げていた。一方が空席情報を公開すれば、もう一方が航空券予約を可能にするといった具合だ。取り残された日本エアシステムの役員は焦っていた。そんな中、IT部門がチケットレス販売を提案し、即座に承認を得たという。

 ネットビジネスの勃興期だったから、日本エアシステムのIT部門は「ネットを使えば新しいことができそうだ」という思いを持っていた。リスクを取る覚悟もあった。実際に、システム障害でサービスが何度か停止した。「個人情報漏洩など重大トラブルを起こさなければよい。まだ利用者が少ないから、サービスが停止した際には丁寧にお詫びすることで対応する」。当時のシステム部長はそう話していた。

 主要航空会社では世界初のチケットレス販売は、このようにしてスタートした。影響は大きかった。日本航空や全日空も追随し、航空券を店頭販売していた旅行会社はネット事業にシフトせざるを得なくなった。それだけではない。航空会社の本格的なEC(電子商取引)事業を目の当たりにして、多くの企業が「ネットは危険だから使わない」という方針を改め、ECに積極的に取り組むようになった。

 さて今、ITを使った新たなビジネスの可能性は、ネット以外にも広がっている。技術を熟知し、その可能性やリスクが分かるIT部門に対する経営者の期待も高まった。IT担当者の皆さん、時代を変えるイノベーターになるために、少し無茶をしてみないか。