デジタライゼーションの3つの課題
デジタライゼーションの3つの課題
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 ビジネスのデジタライゼーションが進む中、CIOとIT部門は従来どおりの役割にとどまっていては、組織のなかで戦略的価値を失っていくと前回書いた。

 より経営における存在感を高め、多くの役割を担っていくうえで、IT部門には、戦略とスキル、そして資金調達の面で、これまでと異なる発想や実行能力が必要になる。バックオフィス業務のサポートだけでなく、売り上げや利益を創造する戦略を作り、それを実装するスキルを身に着け、そのための投資を引き出していかなくてはいけない。

 どれも簡単なことではないが、最も重要なのは戦略立案能力であることは間違いない。新しい技術をビジネスにどう応用できるかを考えられるのは、ITに最も詳しいIT部門とCIOなのだから。

 しかし、黙っていては、そうした役割を担うことすらできない。経営トップは往々にして「IT部門はバックオフィス業務の効率化が仕事」と思い込んでいるものだ。「IT技術を使った事業強化は事業部門がやるべきこと」として、そちらに予算を振り向けてしまうかもしれない。最悪の場合には、外部のコンサルタントに戦略立案すら丸投げしてしまう。

 CIOは自ら手を挙げて、自分たちがデジタライゼーションの戦略を作り、実装する意思があることを明らかにすべきだ。「トップがベストの判断をしてくれる」と期待しすぎてはいけない。経営トップがITについて相当の見識を持ち、CIOの役割について理解しているという状況は、好運かつまれなことなのだ。

「必然」を主張せよ

 私も前職でそれを痛感する経験があった。BCP(事業継続計画)として、海外にデータセンターを移設するのを決めた時だ。

 東日本大震災でにわかに関心が高まったBCPだが、大手企業では2000年ごろから直下型地震のリスクを鑑みて、その重要性が認知されていた。2000年代半ばには、災害発生時にもサプライチェーンを切らさないよう、部品供給保証を契約書に盛り込むことを要求されるケースも増えていた。

 だがそうした状況でも、データセンターのBCP対応の具体策はなかなか決まらなかった。マネジメントは「地震は近未来に起こる」という認識を共有していたものの、一方で、「そうはいっても、いつ起こるかは分からない」ということで、大きな投資を伴う対策の実施判断を先送りしていた。

 私は、当時のデータセンターの堅牢性、大災害がもたらす事業への影響、加えて新データセンターへの移設期間などを考えると、そろそろボタンを押す時期に来ていると判断した。そのために、移設を「必然」のこととするための理論武装をした。サーバーの増加に伴って電源が供給しきれなくなる可能性があるなど、現行のデータセンターを使い続けるリスクと限界を示し、「変えなくてはいけない」と強く主張した。それが、全体の状況が一番分かっているCIOとIT部門の責任だと考えたからだ。

 それに対して異を唱えるマネジメントもいたが、正しく理解してもらえるようロジックで説得した。やりたいとかやりたくないとか、好きとか嫌いとかの問題ではない。これはやらざるを得ないことなのだと。

 デジタライゼーションも同じことだと思う。技術の動向をにらみ、競合の状況を分析して「やらなければいけない」と判断したら声を上げよう。ビジネスのデジタライゼーションにおいては、事業部門の役割がより重要になり、予算も事業部門が持つということも多くなると考えられる。そうした状況でも、CIOは、しっかりした議論を通して、役割分担を明確にし、推進体制を確立するという基本的なやり方を変えるべきではない。しっかり議論して、IT化のリスクを踏まえたうえでCIOの判断として事業部門に下駄を預けるのと、なし崩し的にやるのとでは大きな差がある。外部のコンサルタントを使う時も同じだ。

 トップの「天の声」を待っていてはいけない。ITを一番深く知る立場としての矜持を持ち、変える必然性が高まったタイミングをつかむことこそが、CIOの仕事なのだ。

長谷島 眞時(はせじま・しんじ)
ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム グループ バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー
元ソニーCIO
長谷島 眞時(はせじま・しんじ)1976年 ソニー入社。ブロードバンド ネットワークセンター e-システムソリューション部門の部門長を経て、2004年にCIO (最高情報責任者) 兼ソニーグローバルソリューションズ代表取締役社長 CEOに就任。ビジネス・トランスフォーメーション/ISセンター長を経て、2008年6月ソニー業務執行役員シニアバイスプレジデントに就任した後、2012年2月に退任。2012年3月より現職。2012年9月号から12月号まで日経情報ストラテジーで「誰も言わないCIOの本音」を連載。