シリコンバレーの10キロ圏内に本社を置く3社、フェイスブック、アップル、グーグルの株式時価総額は、トルコ1国のGDP(国民総生産)に匹敵するほどの規模だ。このように、全体としては不調な米国経済を支えているのは、ビル・ゲイツからマーク・ザッカーバーグに至るまで数々のハッカーたちが創業した会社であることは間違いない。

 一般の機械やシステムの性能はたかだか2倍、3倍と直線的にしか向上しないのに、コンピュータの性能は1950年以降、10倍、1000倍、10万倍、100万倍と指数関数的に向上してきたことがその根本的な原因だろう。コンピュータという鷲の翼に乗ったものが勝利した半世紀だったと言える。今年のゴールデンウイークは読書を通じて、ハッカー起業家が世界を制覇した内幕を覗いてみるのはいかがだろうか。

ハッカーを3カ月で鍛え上げる養成所「Yコンビネーター」

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 まず、拙訳で『Yコンビネーター――シリコンバレー最強のスタートアップ養成スクール』(ランダル・ストロス 著、滑川海彦・高橋信夫 共訳、日経BP社)が発売の運びとなったので、まずはこちらからご紹介させていただきたい。

 Yコンビネーター(YC)は、多数のスタートアップ(ベンチャー)に比較的少額を一括投資し、3カ月間のブートキャンプでハッカーを中心とする起業家たちに、プロダクトを開発させるというユニークな方式のインキュベータだ。参加スタートアップは3カ月のキャンプの終わりに、多数のベンチャーキャピタリストや大企業の投資担当者の前で、デモンストレーションを行う機会が与えられる。

 YC出身企業のトップは、クラウド・ストレージのドロップボックス(Dropbox)で、既に40億ドルに評価されている。一般家庭への宿泊仲介をクラウドソース化したエアービーアンドビー(Airbnb)の評価額も10億ドルを超え、さらにヘロク(Heroku)、スクライブド(Scribd)、レディット(reddit)、ディスカス(Disqus)、ポステラス(Posterous)といった有名なスタートアップが並ぶ。2005年に創業パートナーのポール・グレアムがポケットマネーでささやかに始めたにしては、圧倒的な成功だ。後述するが、ポール・グレアム自身も、名高いハッカーである。

 本書の著者は『eボーイズ』(日本経済新聞社)や『プラネット・グーグル』(日本放送出版協会)などを書いたベテラン・ジャーナリストのランダル・ストロスで、Yコンビネーターに半年駐在してその活動を内側から細大もらさず取材した。読んでいくうちにYコンビネーターのパートナー、あるいは創業者になったような気分になる。創業であれ、既存企業内であれ、イノベーションを目指す人にとって得がたいバーチャル体験ができる1冊だ。