誤発注裁判が改めて問う「バグは重過失か」
[論点1]バグによる損害は誰がどこまで補償するのか

 システム提供者がシステムにバグを作り込んでしまったこと、またそれを発見できなかったことは、著しい注意義務違反、すなわち重過失として損害賠償の対象になり得るのだろうか。

 まず、バグの作り込みが「過失」と認定される可能性は十分にあると、今回取材に応じた複数の弁護士は指摘する。例えば、あるドライバーが交通事故を起こした場合、前方不注意など何らかの過失が認定される。ソフトのバグも、開発者による何らかの不注意が絡んでいる点は同じというわけだ。

 では、バグが過失になり得ると仮定して、ソフトウエアの利用者が、開発者や提供者にどこまで賠償を求めることができるのか。

 まず、利用者が一般消費者である場合を考えてみよう。対象が家電などの製造物の場合、内蔵ソフトのバグが原因でケガや火災などの損害を発生させたとすれば、製造物責任法(PL法)に基づいてメーカーが賠償責任を負う。

 ソフトウエアやITサービス単体での損害については、PL法は適用されない。ただし、たとえ約款や契約書に免責条項があっても、消費者保護の観点から、ケースによっては賠償が認められる。

 一方、今回のようにソフトウエアやITサービスの利用者が「企業」である場合は、事情が大きく異なる。契約書や約款に「故意または重過失がある場合を除き、賠償責任は負わない」といった免責条項があれば、この条項を覆して賠償を得るのは難しい。企業同士の契約では、その締結にあたって必要な情報やリスクを十分に把握しているとみなされるためだ。

 もちろん実際のケースでは、システム提供企業が規約の範囲を超えて自主的にユーザーの損害を補償することはある。米ナスダックOMXグループは2012年7月、同社システムの障害が原因で米フェイスブック株の取引ができずに損害を被った証券会社に対し、総額6200万米ドルを限度として補償することを発表した。

重過失の解釈、広がるか

 企業同士の契約において、バグによる損害で賠償を得るには、単なる過失(軽過失)ではなく、重過失があったことを立証しなければならない。だが「バグを重過失と立証するハードルは極めて高い」と複数の弁護士が指摘する。

 重過失とは、判例では「ほとんど故意に近い、著しい注意義務違反」と解釈されている。仮に自動車事故で重過失と認められれば、ケースによっては自動車保険の適用すら受けられない。「ソフトのテストを全く実施していなかった、といった極端なケースでなく、一般的な開発プロセスを経たのであれば、バグを重過失と認定するのは難しい」(森・濱田松本法律事務所の飯田耕一郎弁護士)。さらに今回の件では、直接的にバグを作り込んだのは開発ベンダーの富士通であり、東証ではない。

 では、今回の控訴審で、バグを東証の重過失と認定するのは不可能か。実は、そうとは言い切れない事情がある。