アップルのスティーブ・ジョブズのプレゼンの秘訣の1つに、「敵を持ち出す」というやり方がある。アップルにとっての敵と言えばマイクロソフト。相手をこき下ろすことで自分の主張に説得力を持たせ、聴衆を熱狂させたわけだ。

 敵の存在は組織を活性化し、求心力を生み出す効果がある。しかも敵は近いほどいい。グローバル企業でも、最大の敵はシェア争いでしのぎを削る競合相手ではなく、社内の別の部署などという話はよくある。

 IT部門の場合は、事業部門と敵対関係になりやすい。例えば、事業部門はIT部門に「コストが高いのにサービスが不十分」と文句を言い、IT部門は「ITのことが分かっていないで無理難題を押し付ける」と不満を募らせるというわけだ。不満のタイプは違っていてもIT部門と事業部門によくありがちな関係だ。

 真の敵に立ち向かっていく差し迫った状況の中で、こうした社内の敵対関係はもう止めなければならない。というか止めざるを得ない状況になっている。

ビジネスのデジタライゼーションが迫る組織変革

 ガートナーが「ビジネスのデジタライゼーション」と唱えるとおり、今やIT無しでは事業は成り立たず、ITとビジネスは一体化している。そうしたなかで、ITの専門家とビジネスの専門家が1つのチームとなり、それぞれの専門性を発揮しながら目標を達成していくという仕事の進め方が必須になってきている。

 人は悲しいかな、立場で仕事をする。だから自分が属している組織が大切になる。小さい組織の運営は比較的簡単だ。利害を同じくする人が集まっているからだ。これに対して大きな組織では、利害の対立する人たちが集まる。それぞれの主張のトレードオフを調整しながらマネジメントするのはとても難しい。

 でもそういうほうが私は好きだ。これまで向こう側にいた人がこちら側に来る。そうすると、外からでは見えなかったことが見えるようになる。「ITのコストが高い」と言っていた事業側の人も、ITの人とワンチームになれば、いかに苦労してやっているかも理解できるようになる。

 もちろん厳しい議論は避けられない。「なぜできない」「こういう理由だ」「それじゃ納得できない」。専門性も価値観も違う人同士がすぐに分かり合えるはずはない。それでも一緒にやっていくうちに、相手の言い分を受け止めて、「そういうものなんだ」と考えられるようになる。線が引かれていたら、向こう側にいる人の考えを分かろうという気にもならない。大事なことはこれまで他人ごとだった問題が、自分の組織の問題すなわち自分の問題としてとらえられるようになるということだ。

 ITを戦略的に活用していくうえで、組織の在り方はとても重要だ。ガートナーはコミュニティー型の組織を提唱している。一足飛びにソーシャルメディア型の組織になるとは思えないが、階層構造や縦割りをやめて、誰もが同等の権利と責任を持って、言いたいことを言い合えるようになるのはとても素晴らしいことだ。発想も自由になるし、何より刺激的だ。

IT部門に関していえば、役割の拡大に見合った組織としての能力強化をしていく必要がある。例えば、事業サイドの人を取り込むとか、新しい技術を担う人材の育成、といった施策である。これが実現できないと統合されたIT部門として機能することが難しくなり、機能ごと細分化されたIT 体制に移行せざるを得なくなる。セキュリティーに携わる部門、事業のデジタライゼーションを進める部門、ITで事業を作り出す部門――。CIOの役割も分化し、CSO(チーフ・セキュリティー・オフィサー)やCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)などが生まれてくる。

 役割や組織を分けるべきか、統合すべきか。これも大いに議論すべきことだ。各社各様のやり方があるはずだ。それでも統合されたIT体制に魅力を感じる。異質な人とともに仕事をし、反発しながら理解を深め、自分も成長する。こうした機会に自ら背中を向けるのは、まことにもったいないことではないだろうか。

長谷島 眞時(はせじま・しんじ)
ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム グループ バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー
元ソニーCIO
長谷島 眞時(はせじま・しんじ)1976年 ソニー入社。ブロードバンド ネットワークセンター e-システムソリューション部門の部門長を経て、2004年にCIO (最高情報責任者) 兼ソニーグローバルソリューションズ代表取締役社長 CEOに就任。ビジネス・トランスフォーメーション/ISセンター長を経て、2008年6月ソニー業務執行役員シニアバイスプレジデントに就任した後、2012年2月に退任。2012年3月より現職。2012年9月号から12月号まで日経情報ストラテジーで「誰も言わないCIOの本音」を連載。