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 情報システムの構築には、多くの人手がかかります。「最大瞬間要員数100人」のプロジェクトがあったとして、100人のうち何人が顧客やエンドユーザーの顔を見ながら仕事をすることができるのでしょうか。

 100名のうち半数近く、あるいは半数以上が、プロジェクトの「山場」に召集される、いわゆる「下流工程」を担当する要員です。彼ら彼女らは詳細設計書などのドキュメントが正確、かつ変更されないという前提で、その設計を実現するソフトウエア・プログラムの開発を担います。

 設計書が間違っていたり、設計内容が変更されることは当然あり得ます。設計ミスを発見できる実力や、変更に迅速かつ柔軟に対応できる実力があれば、「人月単価」のアップにつながります。

 ところが、設計を実現するという役割自体は固定化されています。顧客企業やエンドユーザーの顔が見える「上流工程」に関われる機会はなかなかないのが現実です。

顧客の顔が見えない

 こうしたIT業界の実態を、飲食業と照らし合わせて考えてみます。

 “回らない”すし屋や、割烹料理店で、カウンターの向こう側にいる職人・料理人は、料理を出す時に顧客の顔や反応を見ています。食べている時の表情や残し具合なども、さりげなくチェックしています。

 カウンターのないフランス料理などでは、シェフが厨房から表へ出てくることはまれでしょう。それでも、戻って来る皿をチェックしたり、食後の顧客への挨拶がてらに満足度を見に行くこともあるでしょう。そして、厨房で働く駆け出し・半人前の料理人たちは、顧客の様子をうかがう先輩たちの姿を見ながら、自らも厳しい修行を続けています。

 一方、外食チェーンの厨房はどうでしょう。マニュアル通りに玉ねぎを刻み、米を研ぐアルバイトスタッフたちは、「カットが大きすぎて無駄が多くなる」「湿度に応じて炊く前の時間を調節しないと出来上がり悪くなる」といった心配をする立場にありません。その意欲を持つこともないでしょう。

 こうしたマニュアル通りの作業は、設計書通りにプログラム開発をする作業に似ています。情報サービス産業の実態は、すし屋やフランス料理店よりも、外食チェーン店に近いというのが私の考えです。