イノベーションをめぐる議論では、優れたアイデアに注目が集まるが、実際にはアイデアを実現させる「実行力」も成否のカギを握る。本書は、既存事業を抱えている企業がイノベーションを実現させるまでの「実行」の方法論を解説する。著者らが多数の企業事例を研究して得た理論で、米IBMやインドのインフォシスなど個別事例にも言及し、実践的だ。

 なぜ一般的な企業はイノベーションの実行が難しいのか。既存事業での成果を最大化するため、すべての作業やプロセスを反復的で予測可能にしようとし、予測や反復が難しいイノベーションと摩擦を起こすからだ。著者はこうした既存事業の遂行機能を「パフォーマンス・エンジン」と呼ぶ。本書は、パフォーマンス・エンジンを維持しながらイノベーションの実現プロセスを組織に組み込む方法を具体的に示している。

 例えば、イノベーション実行のチーム編成については、専任スタッフと既存事業に携わる「共通スタッフ」の混成チームを提唱。イノベーションの主導役である専任スタッフとパートタイムで参加する共通スタッフの分業方法や、人材集めの方法、プロジェクト管理などについて解説する。

 イノベーションの実行段階では「仮説」「実験」「評価」などを繰り返す反復型のサイクルを提唱する。この考え方は一般的だが、本書はサイクルを効果的に回す手法を具体的に示している。例えば仮説は複数の要素に分解してより精緻に因果関係を調べる。販売が増える要因を「商品の魅力向上」「サポート充実」などに分解する「因果マップ」を作成し、検証するといった具合だ。評価の方法については「結果」「行動」「学習」の三つに分け、責任を明確にした上で評価を付ける方法を推奨している。特に学習では「真剣にプランを作成しているか」「土台となる明確な仮説があるか」など多くの評価ポイントを示しており、参考になる。

 読了すれば、イノベーションに対する印象がガラリと変わるに違いない。

評者 好川 哲人
神戸大学大学院工学研究科修了。技術士。同経営学研究科でMBAを取得。技術経営、プロジェクトマネジメントのコンサルティングを手掛ける。ブログ「ビジネス書の杜」主宰。
イノベーションを実行する

イノベーションを実行する
ビジャイ・ゴビンダラジャン/クリス・トリンブル 著
吉田 利子 訳
NTT出版発行
2730円(税込)