「まずい、この1年間私はGDP(国内総生産)に寄与していない」。野村総合研究所(NRI)で証券リテールフロントシステム三部長を務める北川園子は、テレビが映し出す経済ニュースを見て、衝撃を受けた。二人目の子供を出産し、育児休業を取得していた時のことだ。
「日本の将来を考えると、育児は重要な役目。でも、今の日本経済に参加しなくていいのだろうか」。そして北川は、はっと気付いた。「私は仕事が大好きなんだ」。
育児を言い訳にしない
仕事に復帰すると、チャンスが待っていた。
NRIは2000年代初頭、証券会社向けの共同利用型システム「STAR-IV」の構築を進めていた。課題はメインフレーム(性能や耐障害性が高い大型コンピュータ)で構築していた既存の独自システムとは違って新システムではオープン化を推進することと、オフショアを活用すること(人件費の安い海外のIT会社に委託してシステムを開発すること)の二つ。だが当時のNRIにとってはいずれも大きな挑戦で、困難なプロジェクトになることが容易に想像できた。所属する部署で志願するものは誰もいなかった。
そこで北川は迷わず手を挙げた。新規開発を手掛けたかったことに加え、難しい案件であるほど成長できるとの予感もあったからだ。指名される前からプロジェクトの概要設計書を作成するなど、アピールを続けた。そして、STAR-IVのサブシステムで、開発リーダーを任された。
周囲からは「復帰したばかりで大丈夫なんだろうか」との声も上がった。だが、北川は行動で懸念を打ち消していった。深夜まで対応してくれる保育園に二人の子供を預け、ベビーシッター会社とも契約した。「日付が変わる直前に迎えに行き、二人を背負って帰ったこともある」と北川は笑う。
そして2003年5月、STAR-IVが稼働。無事、育児と開発リーダーの両立に成功した。これが転機だったと北川は振り返る。
現在北川は、NRI初の女性部長として、野村証券向けのオンライントレードシステムの開発を率いる。だがもはや、北川の能力を疑う者はNRIにはいない。むしろ同社の“ママ友”からは「太く長く仕事を続ける強い意志に憧れる」とのエールも寄せられる。
以前、課長への昇格面談で、役員にこう尋ねられた。「女性を引き上げるために、経営として何をすべきか」。北川ははっきりこう答えた。「特にありません」。出世する人は、男女を問わずに勝手に上がってくる。北川の存在こそが、それを雄弁に物語る。