経営学の理論を使えば、幸せで充実した人生を送る正しい選択ができる──。米ハーバードビジネススクール(HBS)を代表する経営学者のクレイトン・M・クリステンセン教授が、具体的な事例を通じ、経営学を使った人生論を説く。教授は実際に人生の岐路でこれらの理論を自らに当てはめ、実践してきたという。

 周囲の助力を得て、病身を押してでも本書を刊行した理由は冒頭で説明されている。HBSの同窓生や教官として送り出した卒業生が、高報酬の仕事に就いても喪失感にさいなまれたり、経済犯罪に関わったりする不幸な例を看過できなくなったからだ。

 なぜ社会的な地位や報酬にもかかわらず心が満たされないのか。教授は「誘因(インセンティブ)」と「動機付け(モチベーション)」の理論でこの問題を説明する。つまり「仕事に不満」の反対は「満足」ではなく「不満がない」状態で、報酬はここに作用する「衛生誘因」に過ぎない。仕事を心から好きになるには強い動機付けが必要で、「モノ作りの過程が好き」とか「人からの感謝がやる気になる」といった、その人なりの動機付けの要因を見つける必要があると説く。

 「アウトソーシング」を巡る経営理論も示唆に富む。業務の外注化は、純資産利益率(RONA)が高まるなど経営効率を改善させるが、同時に未来の選択肢も奪ってしまう可能性が大きい。象徴的な例が、PCの基板生産から本体組み立てまでをアウトソースした結果、現在は苦境に喘ぐ米デルと、デルから生産を請け負いPC市場で存在感を増した台湾ASUSである。将来のために自ら経験するプロセスや抱えるべき能力をどう選ぶかを、本書は示している。子供の教育方針を考察するための例だが、企業はもちろんシステム部門の将来を考える上でも重要なことを教えてくれる。

 どのトピックでも、教授が示すアドバイスや気付きは明確で、世代を問わず仕事と生活の両面で参考にできるはずだ。一つひとつ深く噛み締めながら読むことをお勧めする。

 評者 村林 聡
銀行における情報システムの企画・設計・開発に一貫して従事。三和銀行、UFJ銀行を経て、現在は三菱東京UFJ銀行常務執行役員副コーポレートサービス長兼システム部長。
イノベーション・オブ・ライフ

イノベーション・オブ・ライフ
クレイトン・M.クリステンセン/ジェームズ・アルワース/カレン・ディロン 著
櫻井 祐子 訳
翔泳社発行
1890円(税込)