尖閣問題は営業面だけでなく、日系IT企業の人材採用に対しても影を落とす。

人材募集が激減、新規事業も遅れ

 「通年で募集をかけている人材採用で、応募がめっきり減った」とTISの丸井室長は話す。9月下旬以降、人材募集の応募者が目に見えて減ったのだ。本人が日本企業で働くことを希望しなくなったのか、親や親族が反対するのか、周囲の目を気にして応募しないのか。TISは、その理由を分かりかねている。

 自発的な応募だけでなく、大学が紹介する学生の数も減っているという。TISは天津近郊の大学と提携し、優秀な人材を随時、社員候補として推薦してもらっている。尖閣問題以降、この紹介数も大幅に減ってしまった。

 すぐに事業で困ることはないにしても、「人材を採用しにくい状況が長期間続くのは問題」と丸井室長は指摘する。このままだと、ビジネスの拡大やサービス品質の維持に支障が出る可能性もあるからだ。

 中長期における中国ビジネスの拡大に影響が生じかねないと不安視する声も多い。NTTデータの岩本敏男社長は、「足元のビジネスは予定通り進捗している。一方で、提携や各種の認可などに時間がかかるようになり、新規事業への進出や新たなビジネスチャンスをつかみにくくなることを懸念している」と話す。

 1stホールディングスは、「2015年2月期に中国での売上高15億円」という目標の見直しを検討している。「もっとシビアに、中国でのリスクを織り込んで数字を作る必要がありそうだ」(内野社長)。ここ数年、中国事業で前年比30%程度の増収を続けてきたサイボウズは、取り急ぎ2013年度の中国事業の増収予測を20%増と低めに見積もることにした。「中国に進出する日系企業が従来より減ってくるため、強気の見通しは立てられない」と中原執行役員は説明する。

安易な「日本製」「日本品質」の訴求は危険
小早川 泰彦 氏
博報堂 チャイナビジネスプラニング局
日本分室担当室長
木戸 良彦 氏

 中国に進出した日系企業が陥りがちな戦略が、安易に「日本製」や「日本品質」をアピールすることだ。日本企業はほぼ例外なく、こうした売り文句を打ち出す。

 中国人も、日本製の品質が良いのはみな知っている。だが、それだけでは日本製品それぞれの差異化にならず、購買意欲につながらない。さらに踏み込んで、「どこが具体的に優れた日本製品なのか」を明確に打ち出す必要がある。

 博報堂の中国での調査では意外なことに、中国人は日本製に「先進性」や「斬新さ」、「日本や世界市場でシェア1位」といった価値を求めていないことが分かった。日本製には「安心」や「プロセスを経た実績」を求める傾向が強い。「数十年の研究開発を積み重ねて安全性や効率性を検証」など、一般消費者や企業ユーザーへの訴求力を持つのは製品化や改善のプロセスであることが調査で判明した。

 このように中国市場を徹底して理解するようなマーケティングを本気で実施している日本企業は、残念ながら少ない。中国市場への進出をとにかく急ぎすぎて、こうした作業が疎かになっていなかったかを、再度検証する必要があるかもしれない。「中国で選ばれる理由」が明確な商品やサービスなのかを見直し、この理由をしっかり訴求できるようにすべきだ。

 日本企業が中国市場で成功するにはビジネス的な観点だけでは不十分。環境問題や高齢化社会への対応などの課題解決につながる事業を展開して中国と共に成長するという、CSR(企業の社会的責任)的なアピールが重要になる。(談)