「これからの経営にITは無くてはならないもの」。経営トップは熱く期待を語るが、それを担うCIOやIT部門の立場は複雑だ。セキュリティーやらネットビジネスやら仕事が増えても、予算や人は増えない。ユーザー部門は勝手に自分たちに都合のいいシステムを作るが、その後のケアまで頭が回っていない。悩み多きCIOやIT担当者に、元ソニーCIOが格言を贈る。

 ITの“民主化”は進む一方。いまや企業情報システムを作るのはIT部門の専任事項ではない。利用部門が「こんなシステムを作りたい」と考えれば、電話1本、いやメール1通でITベンダーを呼び付けて、希望を実現できる時代になった。

 それ自体は素晴らしいことなのだが、後がいけない。システムを作るのは面白いが、できたシステムを維持運用していくことまで考えている利用部門は驚くほど少ない。翌年からの予算にシステムの保守費用は盛り込まれず、バージョンアップもしないまま使い続ける。そしてシステムはある日突然止まる。もっとひどい場合には、ハッキングされて大事な顧客情報が漏洩する。

 「何とかしろ」と部門のトップがあわてふためいても、何とかできる当事者は存在しない。システム開発時の責任者や担当者は既に他部門に異動しているか、もしくは会社を辞めてしまっているかもしれない。運用体制は属人的で、異動時の引継ぎも適当。保守契約を結んでいなかったので、開発したベンダーとはとっくに縁が切れている。

 こんな状況で頼れるのは、結局のところIT部門しかいない。利用部門に泣きつかれて、事態の収拾に取り組むことになる。「自分たちで好きなようにシステムを作り、運用の尻拭いは人任せか」と被害者意識を募らせ、IT部員のモチベーションは下がっていく――。

 IT部門に所属する読者には、こんな経験をされた方も多いのではないだろうか。しかし被害者意識を募らせる前に、ちょっと考えてみてほしい。なぜ利用部門は、自分たちでシステムを作るという選択をしたのか。

 IT部門が相談を持ち掛けられた時、「カネが無い、人がいない、時間が足りない」というお定まりの理由ではねつけてこなかっただろうか。頼む側の人にとってはとても大事なことなのに、頼まれた人が自分たちの都合で拒否する。こうした“言い訳”が続けば、利用部門が「作ってくれるのはあなた方だけじゃないよ」と考えるのも無理のないところだ。

 そもそも利用部門とIT部門は、違うアジェンダ(課題)を担っているものだ。企業のガバナンスにおいて、リスクの低減と効率性の向上を実現するうえでは、ITシステムを集約させることは不可欠となる。しかし集約化されたITシステムは、ユーザー部門個別のニーズへの対応能力が低くなる。システムを統合したり集約したりするのは、IT側のアジェンダであり、直接ビジネスに携わる利用部門側は求めていない。「集約したから1つのモノしか提供しない」という言い分は通らない。

 ではユーザーのいいなりになればいいかというと、もちろんそうではない。IT部門でしか解決できないアジェンダがないがしろになるからだ。集約化に向けてシステムの標準化やプラットフォーム化にはしっかり取り組みながら、利用部門側から見ると「自分たちのためだけに、手を尽くしてくれるIT部門」に映る。こんな状況を作り出すのは不可能に思えるかもしれないが、利用部門にそう「感じさせる」ことは決して夢ではない。利用部門とIT部門がどう対峙し、お互いのアジェンダを解決するアプローチをどう実現していくかを考えなければならない。

 その構図を描き、会社全体の目的に近づくアプローチを具体的に作り出すのがCIOの役割といえるだろう。私自身もCIO時代にそれを完璧にできたわけではないが、常に問題意識を持って取り組んできたと思っている。

いろは四十七文字にちなんで、そのエッセンスをお伝えしていきたい。

長谷島 眞時(はせじま・しんじ)
ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム グループ バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー
元ソニーCIO
長谷島 眞時(はせじま・しんじ)1976年 ソニー入社。ブロードバンド ネットワークセンター e-システムソリューション部門の部門長を経て、2004年にCIO (最高情報責任者) 兼ソニーグローバルソリューションズ代表取締役社長 CEOに就任。ビジネス・トランスフォーメーション/ISセンター長を経て、2008年6月ソニー業務執行役員シニアバイスプレジデントに就任した後、2012年2月に退任。2012年3月より現職。2012年9月号から12月号まで日経情報ストラテジーで「誰も言わないCIOの本音」を連載。