国内市場の成長鈍化を受けて、海外に新たな収益源を求める事業者は少なくない。フィリピン最大手のPLDTもその一つ。約1000万人に上る海外在留フィリピン人をターゲットにMVNO(仮想移動体通信事業者)事業を積極推進していく。狙いはOTTプレーヤーのVoIPサービスの影響による減収をカバーすることだ。


 フィリピン最大手の通信事業者であるPLDTは2012年9月、世界に点在する海外在留フィリピン人を対象とするMVNO(仮想移動体通信事業者)、いわゆるエスニックMVNO事業を積極推進していく方針を明らかにした。同事業には2004年から取り組んでいるが、獲得顧客数の目標や提供先の拡大などを打ち出した。昨今の国内通信市場における業績の伸びの鈍化を受け、成長維持のための新たな収益源の一つとして掲げる。

 この方針は同社主催の通信関連イベントで明らかにされたもの。スカイプ(現マイクロソフト)などOTT(Over The Top)プレーヤーのVoIPサービスが既存事業の売上高を浸食し始めていると指摘し、この減少を食い止めるためにも海外MVNO事業を強化したいという。米テレジオグラフィーによれば2010年度のフィリピンの海外向け音声トラフィックのうち、VoIPの占める比率は約25%に達している。

無視できない海外フィリピン人市場

 そこでPLDTが注目したのは、海外在留フィリピン人を対象としたサービスだ。在外フィリピン人委員会(CFO:Commission on Filipinos Overseas)によれば、2010年12月時点の海外在留フィリピン人数は、全国民の10分の1に当たる約1000万人。巨大な市場が海外に存在していることになる。PLDTが本腰を入れて取り組もうとしている海外MVNO事業は、このように一定の市場規模がある。海外在留フィリピン人の経済力は概して本国人より高いことからも有望といえるだろう。加えて海外とはいえ、自国で培ったマーケティングのノウハウをそのまま現地で生かすことができるため、参入の難易度は比較的低い。短期のうちに、新たな収益を確保できる可能性は高い。

 実際、彼らが本国の経済に与えるインパクトは大きそうだ。世界銀行によれば、2010年の海外フィリピン人労働者による送金額(雇用者報酬含む)の総額はインド、中国、メキシコに次ぐ第4位の214億2300万米ドルに及ぶ。この額は2010年GDP(国内総生産)の10.7%、2010年度国家予算の約6割に相当する。この数字から、フィリピン経済がいかに海外のフィリピン人労働力に依存しているかが分かる。

6カ国・地域でMVNO事業を展開

 PLDTの海外MVNO事業は、完全子会社のPLDTグローバルが手掛けている。ブランド名は「スマート・ピノイ」(ピノイ=タガログ語で「フィリピン人」の意)。フィリピン国内の携帯電話サービスと同じ「スマート」を付し、母国を離れた海外のフィリピン人にも親しみやすい名称となっている。

表1●PLDTグローバルが提供する海外MVNOサービス「スマート・ピノイ」の提供国・地域
表1●PLDTグローバルが提供する海外MVNOサービス「スマート・ピノイ」の提供国・地域
2012年10月末時点。

 同社初のMVNOサービスは2004年、香港で始まった。現地事業者CSLとの提携による。香港の在留フィリピン人数は約17万人。アジア太平洋の中ではオーストラリア、マレーシア、日本に次ぐ4番目の規模となる。その後、比較的フィリピン人の多い市場をターゲットに提供国・地域を拡大し、合計6カ国・地域となっている(表1)。

 一方で撤退事例もある。欧州で英国に次ぐ在留フィリピン人数を誇るイタリアでは現地事業者ハチソンとの契約に基づき、2008年にMVNOサービスを開始した。ところが2年後の2010年、サービス中止の憂き目に至った。イタリアの携帯電話普及率は150%を超え、市場が極度の飽和状態に達していたことが撤退を余儀なくされた理由の一つだろう。