これまで、3回にわたって大規模保守開発プロジェクトにTOC思考プロセスを導入した事例を紹介してきた。今回は番外編としてこれまで説明しきれなかった部分や、施策導入後の後日談といった内容を紹介しよう。連載中に筆者に寄せられた質問を中心に、TOC思考プロセス導入前、導入中、導入後のフェーズごとにQ&A形式にて回答する。

導入についての質疑応答

Q1:TOC思考プロセスを適用する基準について教えてほしい。また、なぜ、今回の事例のプロジェクトでは、数ある問題解決手法から、TOC思考プロセスを選択したのか?

A1:TOC思考プロセスは、合意が必要な問題解決を、たとえ時間がかかっても確実に実行したい、という状況において、最大限に効果を発揮する。TOC思考プロセスが他の問題解決手法と大きく異なる点は、問題の特定と解決策を導き出す過程に、合意形成のためのツールを備えることである。全員が納得できる中核問題を、合意の得られた状態で解決できるという長所を持つ反面、合意形成が難しい問題ほど解決までに時間がかかるという問題点もある。

 今回の事例においては、組織のメンバーが「現状以上の改善は不可能」と思いこんで、現状に妥協してしまっている状態であった。現状に妥協している状態では、自らがメスを入れることのできない「聖域」を避けるような、場当たり的な解決策が立案され、根本的な問題解決がなされないことが想定された。

 根本的な問題解決には、これまで制約や前提と思い込んでいた事項を正す必要がある。そこで、現状に妥協してしまっているメンバーの合意を得ながら、このような思い込みを崩し、「聖域なき組織変革」を可能にする手法として、TOC思考プロセスを導入することとした。

Q2:聖域なき組織変革を実現するにあたって、特に考慮した点を教えてほしい。

A2:制約や前提を可能な限り減らすことである。そのためには、(1)プロジェクトにおける権限を多く持つ人の協力を得る、(2)全員の変革マインドを醸成する、の2つのステップが不可欠である。以下、詳しく述べる。

(1)権限を多く持つ人の協力を得る

 より広く深い領域にメスを入れ多くの制約や前提を消し去るために、改善の取り組みについて組織の上位層からコミットメントを得ることが必要である。そのため、本事例ではTOC思考プロセス開始の際に、プロジェクトを統括する管理職だけでなく、役員クラスとも取組みの目的や進め方について合意を得てから開始した。

(2)変革マインドの醸成

 プロジェクトの全メンバーが制約や前提に立ち向かう、つまり、制約や前提と考えている内容に疑問を持ち、「思い込み」を見つけられるようになるためには、「変革すべき」という気持ちを高めることが必要である。

 変革マインドの醸成にあたって筆者は、マーケティングの分野で使われるイノベーター理論に着目した。イノベーター理論によれば、市場全体の70%を占めるマジョリティー層の顧客は、15%の先駆者の利用状況をみて判断を行う。この理論に従い、筆者が先駆者となってTOC思考プロセスを実践することで、マジョリティー層に自らの組織でも変革が必要でかつ可能であることを示せると考えた。

 具体的には、筆者がプロジェクトに参画し、配属されたチームの業務内容で、TOCの各ツールや変革のための施策を導入し、効果をアピールすることで「改善できる証明」をしていった。そう話すと「他組織での改善事例を紹介すればよいのでは?」と言われることがあるが、他プロジェクトの事例は、改善手法をイメージしてもらいやすい反面、マジョリティー層が自らのプロジェクトとの差異を探してしまい、「改善できない言い訳」を見つける材料となってしまいがちなため、最小限にとどめることにしている。