新興国で生まれた革新的な製品やサービスを先進国に逆流させる、新しい経営手法「リバース・イノベーション」を提唱する書籍である。一般に新興国に進出する企業は、先進国で販売している低価格品からさらに機能を削った2~3割安い製品で、現地のニーズを満たそうとする。本書はこの考え方を全否定し、15%の価格で5割のニーズを満たせる革新的な「新興国向け製品」を、新たに開発する重要性を訴える。

 本書の真骨頂は、これらの製品が先進国でも市場を創出することを多くの事例から示している点だ。例えば、新興国を狙った格安ノートPC「ネットブック」は、CPUなどの性能向上で先進国でも一定の需要を開拓した。秀逸な事例は米GEヘルスケアだ。同社が中国市場で開発した超音波診断装置は1万5000ドルと低価格(既存製品価格の約15%)な上に、農村地帯に持ち込める携帯性と、地域医療を何でもこなす非専門医の利用を前提に使いやすさを実現した。先進国ではこの診断装置が事故現場に駆けつける救命士らに使われ始めたほか、高額な検査を受ける前の簡易検査や、麻酔医が針を挿入する際の像影確認などの用途を開拓したのだ。GEはインド市場でも800ドルの携帯型心電計を開発し、売り上げの半分を欧州で稼ぐという。

 IT業界では米EMCや米ロジテックの事例が参考になる。EMCは貧弱なPCでデジタルコンテンツを旺盛に消費する中国市場に技術者を送り込み、検索機能やダウンロード効率化技術を搭載した個人向けストレージ装置を現地主導で開発した。

 リバース・イノベーションを起こせば、慈善事業に頼らなくても貧困国の生活を改善でき、巨大ビジネスを生むという主張には共感した。この動きに背を向ければ、新興国で成長した企業が先進国に進出し、既存のグローバル企業は駆逐されるだろうと、筆者らは警鐘を鳴らす。イノベーションの実現には圧倒的な省力化などITが果たす役割も大きい。日本企業もシステム部門が率先して取り組むことを望みたい。

評者 甲元 宏明
大手製造業でシステム開発やIT戦略立案に携わり、2007年アイ・ティ・アール入社。シニア・アナリストとしてユーザー企業やITベンダーの戦略立案を指南する。
リバース・イノベーション

リバース・イノベーション
ビジャイ・ゴビンダラジャン/クリス・トリンブル著
渡部 典子訳
小林 喜一郎 解説
ダイヤモンド社発行
1890円(税込)