日本アクセスの八代幸雄常務執行役員情報システム本部長
日本アクセスの八代幸雄常務執行役員情報システム本部長
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 食品卸大手の日本アクセス(東京・品川)は東日本大震災の前まで、全国に展開する基幹システム「Captain(キャプテン)」のサーバーを仙台空港近くの倉庫建て屋の事務所に置いていた。2007年に伊藤忠商事から移籍してきた常務執行役員の八代幸雄・情報システム本部長は、潮風に吹かれて設備劣化が激しいと聞くに及んで「ここに置くのはまずい」と話し合い、約2年かけてデータセンターへの移転作業を終えた。そこに震災による津波が襲った。システムに直接の影響はなかったものの倉庫の建て屋は大きな被害を受け、通信回線が途絶えた。もしシステムが使えなくなっていれば、商品供給ができず得意先企業に迷惑をかける恐れもあったと振り返る。

 伊藤忠商事で長くシステム関係部署に携わってきた八代本部長は、海外駐在やシステムベンダーに在籍した経験がある。10年ほど前に食料カンパニーに移り、伊藤忠による買収が中国当局による競争法(独占禁止法)審査待ちとなっている米青果物大手ドール・フード・カンパニーのシステム開発も手掛けたという。

徹夜のバックアップ作業も

 海外駐在前には必ず1カ月間ほど現場でコンピューターを回す運営業務を任され、徹夜しながら現地スタッフと一緒に磁気テープやディスクのバックアップ作業を担った。夜中にトラブルが起きたとの電話で起こされ車を飛ばして駆けつけたこともある。

 システムは運用時を考えて作らなければならない。出身国がまちまちな未経験のオペレーターに分かりやすいエラーメッセージをコンソール(出力装置)で伝えるにはどうしたら良いか、国によって年月日の順序が異なる日付の誤入力を防止するため、3回以上入力させて確認する仕組みにするなど、実地の工夫を学んだ。その経験がシステム開発に生かせているという。

 2000年代前半に3回ほど、米国視察に出向いて、米小売り大手ウォルマート・ストアーズのシステム部門の担当者らと情報交換した。ウォルマートは約2000人ものシステムエンジニアを抱え、海外進出すると現場調査に出向いて現地の取引慣行を取り入れながら一緒にシステムを作る。現地任せではなく、米国本社の経験も埋め込んでいくやり方は優れていると感じたという。

 とはいえ大手数社の小売り企業が寡占状態にある海外と、トップでも3割程度の売り上げシェアしかない日本の小売り企業を取り巻く競争環境は異なる。国土が狭く店舗の裏に在庫を積み上げる空間がない分、日本ではメーカーと小売りをつなぐ卸売りの役割が大きい。ウォルマート傘下に入った西友に対し、当初は卸抜きで直接取引を増やすという方針に国内で警戒感が広がったものの、今や日本の事情に合わせて逆に卸売り企業を使うようになったという。

ベンダーや部署間の人材交流も

 2002年11月に伊藤忠が筆頭株主になった日本アクセスは、事業再編を通じて同業他社と相次いで合併。従業員は1000人ほど増え、売上高も約1.8倍の1兆5819億円(2011年度連結)に膨らんだ。稼働するシステム数も約25から50を超える規模に増加した。だが経理システムなどはすぐ一本化できても、直接小売りと取引している仕組みはトラブルを避けるためにも簡単には変えられない。企業ごとに異なる商品マスターコードは約5年かけて統一したほどだ。

 日本アクセスでは2004年から導入を始めた基幹システムCaptainによって、粗利益から倉庫運営費など販管費の一部を差し引いた「販売利益」を取引先別に把握。商品カテゴリーにとらわれずに取引先の特性に合わせた提案をできるようになった。

 とはいえ、こうした「得意先収支」を把握して取引先の分析・抽出を容易にするシステムも2009年の改良を経て、既に構想から10年以上が経過。次期システムに向けた検討作業も始まっているという。さらに、既に20年近く経過した管理会計システムも、IFRS(国際会計基準)対応や会社組織の構造改革を含めた大がかりな更改を予定。2015年稼働に向けて作業を進めているという。

 小売り業界は少子高齢化にもかかわらず、店舗は増加。信頼される付加価値を提供するには、買い物弱者である高齢者の増加といった環境変化に対応するITが求められる。さらにはPOS(販売時点管理)を発展させ、カード会員情報などに基づくID付きPOSで生み出される膨大なデータをリテールサポート(RS)と呼ばれる部隊が分析して顧客に提案しやすい仕組みも求められる。

 だが卸売りのシステム開発には、銀行業ほど専門的なベンダーは少なく、かといってパッケージソフトを導入すれば終わるものでもない。最近はシステム会社でも、いちからシステムを構築した経験が乏しく、根本的な業務を知らないのではないかと感じることもあるという。情報システム部門は、システムと同じように業務が分からないと仕事ができない。そのため人材育成では他部署に勉強に行っては戻る人事ローテーションに少しずつ変えているという。

 業界を超えた情報システム部門の部門長の会合に出席した際、システムの入れ替えは伊勢神宮で20年に1度行われる式年遷宮と一緒だと聞く機会があった。宮大工が技術を伝授するように、システム部門もノウハウを伝えるにはベンダーとの人材交流など「経験をできる場を作ることが必要」と強調する。

Profile of CIO

◆経営トップとのコミュニケーションで大事にしていること
・かつては何もないところから新しく作るシステムなら導入費用や人件費の削減額など費用対効果が出しやすかった。しかしシステムの再構築となると、分かりやすく説明しなければならない。例えば、生活のためだけなら家の建て替えは必要なくても、耐震構造の強化や古い水道管の取り替え、電気の容量アップといった効果をいかに説明できるかが大事だ。基幹システムCaptainも、効果検証チームをつくって組織や仕組みを変えながら効果を出せるようにした。
◆普段読んでいる新聞・雑誌
・日経ビジネスなどのほか、「ガートナーレポート」や「CIOマガジン」(アイ・ディ・ジー・ジャパン)。「キーマンズネット」(リクルート)にあるシステムの評価記事が参考になる。
◆オフの過ごし方
・ゴルフ。絵画の展覧会などにも出かけたい。

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最初の見出しならびに3段落目、5段落目の事実関係について修正しました。 [2013/01/09 11:00]