2年半以上続けた本連載は今回で最終回となる。連載を簡単に振り返り、これからを担うITエンジニアの皆さんにエールを送りたい。

 皆さんの共通の悩みは、これからのIT業界はどうなるのか、その中でキャリアをどのように積んでいけばいいのか、ということではないだろうか。

 本コラムを通じて、この二つのテーマに著者なりの考えを示してきたつもりである。一つめのIT業界については、大手SI業者にお任せしてシステム開発を進める、という従来スタイルは限界に近づいていると主張してきた。利用者が主体的に開発に取り組むことが求められており、発注者と受注者の関係は必然的に変わっていくと思う。

 二つめのITエンジニアの次なる一歩については、技術力だけでキャリアを進めることは難しいという当たり前の結論だ。ITエンジニアに限らないが、いずれは営業力や企画力を身に付けていく必要がある。ITエンジニアにはアドバンテージがあるというのが筆者の主張だ。今回は、このことを改めて確認したい。

 ITエンジニアはシステム開発を通じてさまざまなスキルを身に付けてきた。それはITエンジニアの強みであり、将来の武器になる。例えば情報を的確に捉えて違いを認識する力がそうだ。

 コンサルタントが情報を整理するときの考え方に「MECE」がある。情報を分類するには、モレがないこととダブリがないことの二つの指針を満たす必要があるというものだ。有用な考え方だが、実際にはこの二つだけでは不十分だ。日本の地域を地理的に分類するのに「北海道、本州、四国、九州」と「北海道、本州、高知、愛媛、徳島、香川、九州」はどちらもモレもなくMECEな分類だが、後者は四国だけが県レベルになっていて明らかにおかしい。こんな分類を基に分析を進めると結果は当然使いものにならない。

 コンサルタントの中には「Apple to Orange」という言い方をする人がいるかもしれない。リンゴとミカンといった異なる種類のものを並べて比べてはいけないという意味である。しかし、上の例は地理的な領域という共通のものをより小さく分割しただけで種類は同じである。

 ITエンジニアなら「粒度が違う」と表現するだろう。こちらの用語の方がずっと的確だ。粒度とは分類される項目の概念的な大きさのことで、多くのITエンジニアは日常的に使うが、ITエンジニア以外にはまず通じない。ではITに「Apple to Orange」に該当する用語はあるか。筆者なら「Type Mismatch」(型の違い)だと理解する。

 ITエンジニアは、粒度の違いも型の違いも認識できる。違いを認識できるということは、問題に対する分解能が高いということだ。例えて言えば、光の明暗しか区別できなければ白黒の画像しか見えないが、光の周波数の違いを認識できれば色が浮かび上がる。

 IT分野で考案されたモデルや枠組みは無数にあり、それらの多くは他の分野にも生かせる。このコラムでもトランザクションや例外処理といったITのモデルがIT以外の場面で使えることを紹介してきた。

 アニメやSF映画で出てくるアイデアの一つにサイボーグがある。体の一部を機械化して高性能化することによって、常人以上の力を発揮できるというものだ。この発想を物理的・機械的なものだけではなく、理解能力にまで拡張して考えるとどうなるだろうか。ITエンジニアはコンピュータを扱う中で、問題を分析・理解するための分解能を高めた「バーチャルなサイボーグ」といってもよい。その力には無限の可能性がある。

 若手のエンジニアの皆さんには、ぜひITでの問題解決のための多様なモデルを学んで分解能を高めてほしい。ベテランの皆さんには、そうして培ったスキルを生かしてさまざまな分野に活躍の場を広げてほしい。皆さんの活躍を期待しつつ、ここで筆を置く。

林 浩一(はやし こういち)
ピースミール・テクノロジー株式会社 代表取締役社長。ウルシステムズ ディレクターを兼務。富士ゼロックス、外資系データベースベンダーを経て現職。オブジェクト指向、XMLデータベース、SOA(Service Oriented Architecture)などに知見を持つITアーキテクトとして、企業への革新的IT導入に取り組む。現在、企業や公共機関のシステム発注側支援コンサルティングに注力