ITエンジニアという職業はナレッジワーカーの代表例の一つであり、高いプロ意識が求められる。単にIT企業に就職してシステムズエンジニアやプログラマ、プロジェクトリーダーといった肩書の名刺を持っただけでは、真のナレッジワーカーではない。持っている知識を使って仕事をし、それが顧客や所属する組織に対して価値を提供し、かつ相応の対価を得てこそ、本物のナレッジワーカーなのだ。

 と、冒頭から偉そうなことを書いたが、実際にはそう簡単にはいかないのが現実である。厳しいコストや納期の要求、上司や部下、顧客との人間関係、そしてめまぐるしく進化する技術のキャッチアップなどさまざまな難敵と日々闘いながら必死に仕事をしているうちに、あっというまに月日が経過する。「こんな仕事の仕方で、自分はプロとして本当に価値のあるITエンジニアになれるのだろうか」と不安に思うこともあるだろう。

 目の前の仕事に真摯に取り組み、きちんとやり遂げることは真のプロになるための必要条件である。一心不乱にまじめに仕事をして自己流で高みにたどり着く天才もいるだろうが、多くの普通の人間にとってはやはり「気付き」があったほうがよい。それには、本物のプロの仕事ぶりを注視することが一つの方法である。筆者も多くのプロの方々から教えをいただいてきた。その中でも最も印象に残っている事例を紹介したい。

 すでにお亡くなりになられて10年以上になるが、筆者は「競馬の神様」と呼ばれた競馬評論家の大川慶次郎さんと付き合いがあり、海外の競馬に何度かご一緒させていただいた。カナダのトロントの競馬場に行ったときのことだ。筆者は押しかけ弟子のようにお世話係を申し出て、大川さんとホテルを相部屋にさせてもらった。

 すると大川さんが「日本時間の15時に東京競馬場に国際電話を掛けてほしい」という。日本では秋の天皇賞があり、大川さんは国際電話で実況を聞いてレース結果にコメントをする、という仕事を受けていた。

 トロントへの旅路は飛行機の乗り継ぎが悪く、東京を出発してからホテルまで23時間を費やしていた。そして日本時間の15時は現地では深夜2時である。まだ30代だった筆者でも強い疲労を感じており、高齢で持病もあった大川さんは大丈夫かと心配になった。大川さんは早々と寝てしまったが、電話係の筆者は結局眠れず2時を迎えた。

 東京競馬場に電話がつながるなり、大川さんはいつものテレビ番組と全く同じ語り口で話を始める。手元には日本から持参した資料が握られていた。そして天皇賞が始まると、大川さんの目がランランと輝き、レース回顧のコメントもまるで目の前でレースを見ていたかのように的確で淀みない。さらに驚いたのは電話を切った後に、筆者相手にレース回顧の続きを延々と始めたのだ。そのときの楽しそうな大川さんの顔を忘れることはできない。

 そこで筆者は気付いたのである。「これがプロだ。大川さんはパーフェクト(1日の全レースを的中させること)をやったから神様なのではなく、競馬が本当に好きで、競馬評論家という仕事が楽しくて仕方ないから時差も眠気も関係ない。準備をきちんとするのも当たり前。だからこそ神様でありパーフェクトができたのだ」と。

 ある分野で「神様」と呼ばれる人はやはり何かが違う。筆者のような凡人ではとてもその域に達することはできない。それでも、その仕事に対する姿勢を少しでも見習いたい、という思いが大事で、その思いが人を成長させるのではないか。

 今回は当コラムの最終回なので筆者のわがままでITに直接関係ない話を書いたが、このエピソードはいつか伝えたいとずっと考えていたのでご容赦いただきたい。最後に、5年以上にわたり「すごい現場」にお付き合いいただいた読者の皆様に感謝したい。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長兼CEO、NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て、ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画、96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング、RFP作成支援などを手掛ける。著書に「事例で学ぶRFP作成術実践マニュアル」「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)