出雲空港から車で約15分。迫る山並みには木々が生い茂り、たたら製鉄が盛んだった神話の時代を彷彿とさせる。実はここに富士通の新ビジネスの最前線がある。

 従来通りのSIとそれに付随したハード販売だけでは、力強い成長は望めない。これまで培った強みを生かし、新たな収益源をどのように育むか。ノートPC、ビッグデータ分析、クラウドの三つで新しい事例を探る。

1台単位でカスタマイズ
ノートPC

 富士通は2012年頭にかけて、日本生命保険に営業職員向けのノートPCを7万台納入した。手掛けたのは神話の国、出雲に本拠を構える島根富士通。保険業界攻略の鍵を握るPC製造拠点である。

 富士通は受注金額を公表していないが、100億円前後と見られる。台数ベースで1企業向けの最大規模であり、保守なども含めれば、かなりの利益を生むビジネスになった。かつてIBMは、収益性が低いとしてPC事業を手放した。しかし富士通は、あえて国内でPC製造を続けたことで、新たな果実をつかみつつある。

 秘密は工場内の生産ラインにある(写真1)。

写真1●島根富士通のノートPC生産ラインと日本生命向けPC(左下)
1日に平均約8000台のノートPCを製造。ライン生産方式だが、1台ずつノートPCをカスタマイズできるのが特徴。HDDの内容をライン上で変更し、顧客先に出荷できる
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 島根富士通は1日に平均で約8000台のノートPCを製造しているが、同じスペックのノートPCは一度に数十台ずつしか造らない。在庫を圧縮するため、発注があった型番だけをその場で生産しているからだ。そのためラインに流す部品を頻繁に変更し、作業員も手際よく手順を変える。多品種少量生産を実現すべく、島根富士通は多くの製造装置を独自に開発している。結果「海外拠点と比べて競争力のあるコストで、1台ずつ違う製品を次々に造り分けられる体制が整った」(島根富士通の宇佐美隆一社長)。

 こうした強みを生かし、法人向けにノートPCをカスタマイズ生産するビジネスを、2010年から本格的に始めた。国内外の景気減速により、PC販売が低迷する中で、価格下落を押し戻す切り札として取り組んだ戦略が、日本生命から受注する決め手となった。

 日本生命に納めた7万台のPCは、HDDにログインIDや印刷設定などユーザー個別の情報を書き込み、そのうえで「暗号化」を施す。生産ライン上では、日本生命の「資産管理ラベル」まで貼付し、1台ずつ違うPCを造り分けた。PCは一括納入ではなく、全国に約2000カ所ある日本生命の拠点それぞれに、工場から直送した。

 受け取った日本生命の職員は、専用のUSBメモリーを挿入することでHDDの内容を復号する。ITに不慣れな職員でも簡単に、自分専用のPCを設定できる仕組みを整えたわけだ。システム担当者の手間も大幅に削減できる。

 国内に製造拠点を維持することで、日本企業の品質要求を満たした上で、カスタマイズによる案件の発掘を図る。金融事業を担当する谷口典彦執行役員常務は「当社は銀行には強いが、保険や証券にはあまり入り込めていない。PCが一つのきっかけになる」と期待を寄せる。