「経営に貢献するIT」が叫ばれて久しい。それを実現するIT組織の改革やIT人材の育成も常に話題になっている。

 しかし、現実はどうか。足元を見ると、IT組織/人材の力が以前より低下しているようにさえ見える。原因は、IT組織を取り巻く環境変化のスピードに、うまく対応しきれていないことだ。システム開発・運用のアウトソーシング、人員削減や再配置、事業のグローバル化などが急速に進みすぎて、IT組織・人材面で軋みや歪みが生じている。

 今、IT組織・人材の在り方を、もう一度しっかりと見つめ直す時期に来ている。クニエとNTTデータ経営研究所は2012年2月、昨年に続き、「IT組織の成功要因に関する調査」を実施した。本調査では、IT組織が経営に対して十分貢献している『先進グループ』の企業とそれ以外の『途上グループ』の企業を比較分析し、両者の特性の違いから先進グループの成功要因を探った。分析により明らかになったポイントについて、4回に渡って解説する。

 その調査結果を紹介する前に、まずは急激な環境変化に翻弄されたIT組織の典型例(金融機関Aと製造業B)を見てもらいたい。

金融機関A:経営層や金融庁からの要請に全く対処できず

 金融機関Aでは長年、システムコストを抑制するために勘定系システムの開発と運用をITベンダーにアウトソーシングしてきた。これにより、システム品質は安定し、ITベンダーが提案する最新機能の取り込みも進んだ。その上、システムコストは抑制され、アウトソーシングの効果を十分に享受できていた。

 一方、IT人材面では、アウトソーシングから年月を経るにつれて、システムの内製を経験していた人材が徐々に減少していった。もはやIT部門内には、自社システムについて精通している人材は一握りとなってしまった。それでも、金融機関AとITベンダーの間には強固な信頼関係が醸成されていたため、ITベンダーによる見積もり価格が高くなったり品質管理が疎かになったりすることはなく、特に問題は発生していなかった。

 しかし、近年の環境変化により、ついにIT人材の問題が表面化してしまった。長引く不況に伴う事業収益の低下により、経営からIT部門に対するコスト削減の要請が一段と強まってきた。IT部門としては、これらの要請に応えようにも、そもそも人数が少なくて手が回らない。さらに、自社システムに精通しているわけではないため、見積もり価格の精査どころか、どのシステムにどれだけのコストがかかっているかさえ判断できなくなっていた。

 近年は、監督省庁である金融庁からの監督も厳しくなっている。金融庁は顧客保護の強化方針を打ち出し、金融機関のIT部門に対して「ITベンダー任せではなく、自らシステムの安定運用に責任を持つこと」を強く要請している。しかしながら、IT部門にはシステム開発経験のある人材がほとんど残っていなかったため、開発管理スキルの不足により十分に対応できなくなっていた。金融機関Aは、取り巻く環境変化に対して、IT人材面で全く対応できなかったのである。

製造業B:新事業へのIT人材のシフトで、コア事業が疎かに

 製造業Bは、多くの大企業がコンピュータを導入し始めた1960年代に、業務の自動化を目的とした情報システムの開発・導入を始めた。以降、自社IT人材が業務分析とアプリケーションの構築を進め、徐々に対象業務を広げるとともに、自動化の度合いを高めていった。製造業B にとって、ITは自社事業を運営するために不可欠な存在となっていった。また、長年培ったスキル・経験を基に、コストを抑制しつつ、安定したシステム運用を続けていた。

 ところが2000年代に入って、IT部門は大きな転機を迎えた。製造業Bでは、経営リスクの分散を目的に事業の多角化を進め、ITの側面から新事業を支援することがIT部門に求められた。また、2000年代後半に入ると、コア事業のグローバル展開も本格化し始めた。製造業Bは海外にいくつかの販社を設置したり、海外の販社を買収したりした。そのためIT部門には、海外販社の支援やグローバルでのシステム最適化を要求されるようになった。

 これらの要求に対応し、IT部門は国内コア事業のシステム担当者を削減。新事業やグローバル展開を支援するシステム担当へと要員をシフトさせた。要員が減った国内コア事業の情報システムについては、システム企画・管理機能のみを自社に残し、開発・運用(管理を除く)をすべてITベンダーに任せざるを得なくなった。急激なIT人材のシフトが起こったため、コア業務のアプリケーションについて担当者に十分なスキル継承が行われなかった。

 その結果、システムの開発・運用に大きな歪みが生まれた。国内コア事業の業務部門からは「機能追加要件が十分にシステムに反映されなくなった」との声が聞かれるようになった。加えて、業務知識があれば回避できるような障害が発生するなど、運用の品質低下が起きているほか、自社IT人材の管理不足により開発・運用コストが増加し始めていた。

 現在IT部門では、国内コア事業のシステム管理体制の立て直しが急務となっている。製造業Bは、事業の多角化・グローバル化という環境変化に対して、急激にIT人材をシフトさせ過ぎた結果、国内コア事業のシステム開発・運用が疎かになってしまったのである。