企業の経営から国家運営にも通じる「戦略をどう立てて実践するか」を、明快に解説した書籍である。良い戦略とは、十分な根拠に立脚したしっかりした基本構造(カーネル)を持っており、一貫した行動に直結する。これが本書の主張する戦略論だ。さらにカーネルは「診断」「基本方針」「行動」から成る。ちょうど医師は診断をして治療法(基本方針)を決め、投薬などで快方を目指すのと同じである。

 章ごとに18のポイントを、豊富な実例を通じて解説する。例えば良い戦略の例として、視点を変え既存の常識を破った米ウォルマート、技術や社会のうねり(トレンド)をつかんだ米シスコシステムズなどに加え、基本戦術に忠実だった湾岸戦争時の米軍統合参謀本部、実現可能な目標設定と達成を繰り返した米航空宇宙局(NASA)の月面着陸など、国家プロジェクトまで事例が幅広い。分析も新鮮だ。シスコやインテルの成功は驚異的な技術革新や画期的な事業モデルからではなく、マイクロプロセッサがもたらした「ITのソフトウエア化」「業界の水平分業化」など変化のうねりに乗ったからだと分析。うねりを捉えるヒントも解説しており、示唆に富んでいる。

 一方で、悪い戦略の実例も分析とともに容赦なく挙げている。株式市場の過信を背景に、事業の構造的な問題点に目をつむってしまった米グローバル・クロッシング、実行性が乏しくスローガンに終わった米政府による2000年代の国家安全保障戦略などだ。これらの事例の分析から「悪い戦略とは、目標が多すぎる一方で、行動に結び付く方針が少ないか全くないもの」「長い間、波が穏やかだと何の危険もないと錯覚する」といった教訓を引き出している。

 読了後は「戦略に安直な近道はなく、王道を歩むべき」という筆者の思いが強く伝わってくる。本書の戦略論を役立てるには内容を熟読しながら、実践を繰り返す必要があろう。だが主張が明快で読み返す楽しみを感じる本書は、その良い契機になるはずだ。

評者 村林 聡
銀行における情報システムの企画・設計・開発に一貫して従事。三和銀行、UFJ銀行を経て、現在は三菱東京UFJ銀行常務執行役員副コーポレートサービス長兼システム部長。
良い戦略、悪い戦略

良い戦略、悪い戦略
リチャード・P・ルメルト著
村井 章子訳
日本経済新聞出版社発行
2100円(税込)