ビジネスパーソンならば「孫子の兵法」を一度は聞いたことがあるだろう。2000年以上昔に中国で書かれ、古くはナポレオンが愛読書とし、現代でも米軍が必修科目にしているほど西洋でも有名だ。

 一方、日本人の国民性として、ディベートや交渉が下手なことは世界的に有名である。こんな状態で、本来ディベート好きな西洋人や本家の中国人から、ビジネスの場で「孫子的」に論争を吹っかけられたらどうなるだろう。ますます日本人はグローバル経済で不利な戦いを強いられていくことになる。

 とりわけ、若いうちは独り仕事をすることが多いせいか、IT技術者の中には、交渉や論戦に苦手意識を持つ人が特に多いというイメージがある。職場や他部門との会議などで、通したい主張を思うように通せず、悔しい思いをしたことのある人は読者の皆さんの中にも多いのではないだろうか。

 とはいえ、幸いなことに日本人は年齢を重ねるほど、歴史好きになることが多い。「温故知新」は昔ながらの日本人の知恵だ。既に孫子の兵法の権威はよく知られており、教養として関連書籍を読まれた方も少なくはないはずである。

 ところが問題なのは、筆者の知る限り、ビジネスの世界でどのように孫子の兵法を活用していけばよいのか、体系だった、応用が効くような形での説明はいまだなされていないことだ。

 そこで、今回はビジネス界での「論戦(プレゼンや会議)」を戦争と見立て、「孫子」をどのように使いこなすべきかの体系化にチャレンジしてみた。いわば、「孫子の兵法 論戦編」である。特に本連載はIT経営の推進を担っているITpro読者のために、「CIO(最高情報責任者)が社内の反発を抑えてIT予算を獲得する」場面を想定して、どのように応用すればよいか解説していく。

ビジネスシーンの論争に応用し体系化

 まず、論戦編の体系である。表1に孫子の兵法の構成を示す。すぐ後で要点を説明するので、ここでは予備知識として、「こんな構成になっているのだな」とざっと眺めていただければ十分である。

 孫子の兵法は全体で13篇からなり、「始計篇」「作戦篇」「謀攻篇」「軍形篇」の4篇で事前の計画、作戦準備の重要性を説いている。5~12番目の「兵勢篇」から「火攻篇」で具体的な戦い方を説く。面白いのは最後の「用間篇」でスパイ活用の重要性を説いていることだ。大昔から諜報活動の重要性が認識されていたのであろう。

表1●「孫子の兵法」の構成
構成 概要 代表的な名言
1.始計篇 事前に勝算をはかる 算多きは勝ち、算少なきは勝たず
2.作戦篇 スピードが大事 兵は拙速なるを聞く
3.謀攻篇 なるべく戦わずに勝つ 彼を知り己を知れば百戦殆うからず
4.軍形篇 勝算をはかり必勝の形で勝つ 積水の千仭の谿に決するが若きは形なり
5.兵勢篇 勢いを操る 激水の疾くして石を漂わすは勢なり
6.虚実篇 相手を操って主導権を握る 善く戦う者は人を致して人に致されず
7.軍争篇 変幻自在な戦い 風林火山。迂直の計を先知する者は勝つ
8.九変篇 臨機応変な対応 九変の利に通ずる者は兵を用うることを知る
9.行軍篇 敵情を見抜いて戦う 兵は多きを益ありとするに非ざるなり
10.地形篇 状況に応じた戦術 卒を視ること嬰児のごとし
11.九地篇 地勢に応じて戦う 始めは処女の如く、後は脱兎のごとく
12.火攻篇 争いは慎重に 戦勝攻取して其の功を修めざる者は凶なり
13.用間篇 スパイをうまく活用 先知なる者は必ず人に取りて敵の情を知る