本書は英エコノミスト誌が人口、社会、テクノロジーなど20分野にわたって40年後の世界を予測している。しかし個々の予測内容についてその当否を追及するのはあまり生産的な読み方ではないだろう。

 それより各分野の「現状」について貴重な情報を数多く集めている点に注目したい。例えば14章では技術革新による創造的破壊が進行していることが「1956年から81年までに『フォーチュン500』企業の入れ替わりは毎年平均24社なのに対し、82年から2006年の間では同40社に増えた」といった具体的な数字で示されている。また全世界が保持する情報量は2011年で1兆8000億ギガ(1.8ゼタ)バイトあり、2年ごとに倍増しているという。2020年には現在の50倍に達する見通しというから「情報爆発」という言葉も実感できる。

 未来予測の難しさは第2章にも現れている。京大の山中伸弥教授のiPS細胞の作出に対してノーベル生理学・医学賞の授与が決まった。再生医療を繰り返せば半不死が実現するなど、社会システムに激震が起きる可能性すらある成果だ。しかし第2章の「人間と病気の未来」で再生医療は1~2行触れているだけだ。

 決定的な発明、発見は突然訪れる。一方、1991年のソ連崩壊のように大規模な社会体制の変化も突然起きる。これらが長期的な予測を不可能にしている理由だ。本書はそのことを自ら十分に意識しており、巻末の章では「予言は悲観的なほど注目を集めやすい」というバイアスを実例で分析している。

 「インドは飢餓で消滅する」「エネルギー価格は上がり続ける」「環境汚染で地球は破壊される」といった予言はすべて外れた。インドは食料輸出国になり、エネルギー価格は微増、環境汚染は大きく減った。しかし「悲観論のおかげで圧力団体や業界が補助金を受けているのだ。2050年になってもメディアは悲観論者たちに支配されているだろう」と予言する。この予言は的中するに違いない。この章を読むだけでも本書は価値があるだろう。全体として大いに刺激的な読み物だ。

滑川 海彦
千葉県生まれ。東京大学法学部卒業後、東京都庁勤務を経てIT評論家、翻訳者。TechCrunch 日本版(http://jp. techcrunch.com/)を翻訳中。
2050年の世界

2050年の世界
英『エコノミスト』編集部著
東江 一紀/峯村 利哉訳
文藝春秋発行
1838円(税込)