社会保障・税の共通番号、いわゆる「マイナンバー」制度の法案は、2012年通常国会では成立しなかった。ただ民自公3党は法案の修正で合意。政府が目指す2015年1月の運用開始は微妙だが、制度化のめどはついた。全国市長会で番号制度検討会の座長を務める横尾俊彦多久市長に、国民とじかに接する自治体にとってのマイナンバー制度の意義や課題を聞いた。(聞き手は日経BPガバメントテクノロジー編集長、井出 一仁)

市長や市長会としてマイナンバー制度を推進する理由は。

 一つは、番号制度がきちんと出来上がれば国民の安心・安全につながり、さまざまな生活場面で迅速・的確で公正な対応が可能になることです。2点めは自治体マネジメント。政策実務事務を担ううえで、効率と効果を高めるための基盤となります。3点めとして、政府の今後のさまざまな改革の中で公正さを確保していく意味合いがあります。

それぞれ具体的には。

佐賀県多久市長 全国市長会 共通番号制度等検討会 座長 横尾 俊彦氏(写真:佐藤 久)
佐賀県多久市長
全国市長会 共通番号制度等検討会 座長
横尾 俊彦氏
(写真:佐藤 久)

 安心・安全については、数年前の「消えた年金」問題を思い出してください。数百万人分の年金番号が誰のものかわからなくなってしまいました。米国の社会保障番号注1)のように一人に一つの番号を割り当てて管理していれば、こうした事態は防げたはずです。

 東日本大震災では、被災した病院の入院患者が近隣の自治体の病院に次々に搬送されました。しかし、治療や投薬の履歴がわからず、救急隊も受け入れ側の医師も適切な治療を施すための確認作業に追われたそうです。医療履歴を個人番号で管理していれば、こうした状況でも速やかに正確な判断ができたでしょう。

 また、避難所に誰が避難しているかを番号を使ってリスト化すれば、家族や知り合いの安否をもっと早く確認できたはずですし、番号を基に個々の避難者にどのような健康・医療面の支援が必要かわかれば、ロジスティクス面も含めて効果的な体制を組めたはずです。番号制度はこうした状況を改善する、大変重要な社会インフラになります。

2番めの自治体マネジメントというのは、行政の効率化ですね。

 「増税の前にやるべきことがもっとある」という意見がありますが、それは行政改革でしょう。職員や議員を減らすには政治判断が必要ですが、行革により日々の行政事務のコストパフォーマンスを高めていくことは非常に重要で不可欠です。

 番号制度の先進国である韓国やデンマークでは、たとえば受給資格のある行政サービスを個人用のポータルサイトで手軽に確認して申し込めます。行政側から情報を伝えるプッシュ型のサービスです。一方「申請型」の日本では、資料を読んで、場合によっては証明書を有料で当該機関から入手して、申請書を正確に書いて、審査に通ってようやく給付されます。もう格段の差です。

 番号制度があれば、こうした市民の時間的な拘束や経済的な負担を改善できるだけでなく、申請の受け付けや審査に関わる行政側の事務を、最小のコストで最大の効果が発揮できるようマネジメントできます。3点めの国としてのマネジメントの向上も、その延長線上にあります。

マイナンバーで効率化が見込める典型的な自治体事務は。

佐賀県多久市長 全国市長会 共通番号制度等検討会 座長 横尾 俊彦氏(写真:佐藤 久)
横尾 俊彦氏
(写真:佐藤 久)

 たとえば転入届の際に課税の減免措置が関係するケースでは、現行法規では市民課の職員は税務データを見られません。個人情報保護法の規定に基づいて、税務課の職員に依頼して、紙ベースの報告書でデータを確認する手間がかかります。

 多くの民間企業は顧客データベースを持っていますが、自治体には住民基本台帳はあるものの、住民個別のニーズは、年金や福祉、税など別々の法律に基づいて別々の課でばらばらに管理されています。

 マイナンバー制度では、こうしたデータの電子的な照合が可能になります。窓口での待ち時間は格段に短くなるはずです。同時に役所側の事務作業も軽くなり、残業代などの人件費を減らせる見込みです。