企業の基幹システムを開発する場合、数億円規模の費用がかかることは珍しくない。そういう見積金額が出てきたときの発注側企業からの第一声は、「想定をはるかに超えて高いので価格を下げられないか」というものだ。しかし、この相場感覚自体がそもそもおかしいのではないかと思っている。

 都心のオフィスビルなら、1フロアを借りれば年間数千万円の賃貸料になるだろう。筆者は、基幹システムの価格はそれらに比べて少しも高いとは思えないのである。賃貸料は、活動の物理的な場所に対して支払う。一方の情報システムは、それなくしては日々のビジネスが成り立たない中核処理を担うものである。その開発費が数億円ならむしろ安いくらいだ。

 そう思うのは、構築されているものが極めて高度で複雑であることを知っているからだ。数十人が何年もかけて作ったシステムはとてつもないほど複雑である。自動車は部品数が数万点にも及ぶ複雑で高度な機械であるという話を聞くことがあるが、数億円規模の基幹システムならアプリケーション部分だけで数万クラスあっても少しも驚かない。それらが緻密に連携してデータをやり取りし、業務を支えているのである。自動車の価格は数百万円と思うかもしれないが、これは量産効果があるからで、開発に要する金額は数百億円に上るはずだ。

 普通、物理的なものには価格相応の外観がある。巨大で複雑な建造物は小さくて単純な建造物よりも当然価格は高いだろうという直感は否応なしに働く。情報システムの場合、複雑さと高度さが見えないので過少に捉えられているように思う。実際、CD-ROMを1枚出して「これで1億円です」と言われても実感は湧かない。その複雑さや高度さはいくら口で説明しても伝えられるものではない。

 この点、昔のメインフレームは良かった。人の背丈ほどもある機械が、所狭しと並んでいわくありげにランプを光らせながらブンブン音を立てて動いている。「これら一式で数十億円です」と言われても納得感がある。ところが最近はハードウエアのサイズが小さくなると共に価格も下がった。そしてクラウドで見えなくなってますます価格が下がった。これが良くない。ソフトウエアはむしろより複雑で巨大になっているのだが、このことが伝わっていない。ここを伝える努力をしなければならないと思う。

 例えば、AR(拡張現実)技術を使ってはどうだろうか。百聞は一見にしかずである。ARゴーグルをかけて情報システムを見ると、1億円の情報システムであれば1億円相当に見える。数十億円のものであれば、そびえ立つ巨大構造物のように見える。もちろん動作中なので、データの流れなどもリアルタイムで見える化できることが大切だ。できれば、意味ありげにブンブン音を出して動いていてほしい。

 これまで、情報システムのユーザーインタフェースは複雑なものを簡単に見せることに注力してきた。ここで必要とされるのは真逆の新技術だ。複雑なものを相応に複雑に見せることが重要になる。ITエンジニアは業務など本来見えないものを目に見えるようにしてきた。最近は、ソフトウエアを地図化するような研究もされているようだ。目指すところはまず間違いなく異なるだろうが、複雑なものを複雑に見せる方向にもぜひ進めてほしい。

 以上、無邪気に書いてはみたものの、どうやれば実現できるのか、実のところ筆者には見当がつかない。簡単なシステムは単純に、高度なシステムはより複雑に見えなければならない、というあたりはかなり難易度が高くなるだろう。

 このAR化構想は冗談だが、IT技術者が自分たちの行っていることを正当に評価してもらうために、もっと見せ方に知恵を出し合ってもよいのではないかと(こちらは本気で)思っている。

林 浩一(はやし こういち)
ピースミール・テクノロジー株式会社 代表取締役社長。ウルシステムズ ディレクターを兼務。富士ゼロックス、外資系データベースベンダーを経て現職。オブジェクト指向、XMLデータベース、SOA(Service Oriented Architecture)などに知見を持つITアーキテクトとして、企業への革新的IT導入に取り組む。現在、企業や公共機関のシステム発注側支援コンサルティングに注力