「シリコンバレーの秘密の歴史」シリーズの第5回では、後進波発振器(BWO)に続いて開発された進行波管(TWT)の重要性と、TWTを中核とした新興企業の登場が語られています。同時に、軍の資金に頼らないベンチャー企業が登場、現在のシリコンバレーの原型が形作られてきました。(ITpro)

 1950年代のスタンフォード大学のエレクトロニクス研究所(ERL)は、米軍のために革新的なマイクロウエーブ真空管を開発し続けました。次の製品である進行波管(TWT)は、エレクトロニクス諜報分野に重要なインパクトをもたらしました。スタンフォード大学工学部長のフレッド・ターマン教授は、科学者やエンジニアに対して、これらのマイクロウエーブ真空管を米軍向けに開発、製造する会社を創業するように勧めました。米軍との契約で資金調達した、これらのスタートアップ企業のおかげで、1950年代においてシリコンバレーのアントレプレナー文化や環境が構築されたのです。

なぜエレクトロニクス諜報なのか?

 1946年に登場したエレクトロニクス諜報偵察機(ELINT)は、ソ連の航空防衛システムを理解するためにソ連領土に侵入、上空から偵察しました。1950年代には、主に米空軍の戦略空軍司令部、米海軍、CIA(中央情報局)が、ソ連のPVOストラニー航空防衛システムにおけるELINTの戦術および実行面での情報を収集しました。国家安全保証局(NSA)は、独自のCOMINT諜報収集機能を所持していました。

 彼らは、さまざまなアルファベットの略語で呼ばれた、空軍と海軍の航空機で飛行しました。例えば、海軍にはPB4Y-2、P2V、P4M、EA-3があり、空軍にはB-17、EC-47、RB-29、RB-50、そして1950年代における究極のELINTであるRB-47Hなどがありました。「フェレット」(白イタチ)と呼ばれた、これら諜報偵察機に共通していたことは、数台のELINT受信装置を搭載していることと、「クロー」(カラス)と呼ばれた搭乗員が操作していたことでした。

 戦略空軍司令部は、ソ連の対空防衛システム(早期警報レーダー、ソ連戦闘機レーダー、地上迎撃レーダー、対航空機砲レーダー、ソ連地対空ミサイル誘導レーダー)を把握するため、これらの諜報が必要でした。ジャマー(妨害装置)を製造するため、そのデータが必要だったのです。そのジャマーは、核兵器を搭載した米軍爆撃機が標的に到達できるよう、ソ連の対空防衛レーダーを無効にするためのものでした。米国が集めた情報は、ソ連の対空防衛レーダーを混乱させるジャマーを製造する、米軍の防衛製品製造企業に伝えられました。

ELINTの任務

 ELINTプログラムは、次のような作戦問題への答えを求めていました。「侵入している爆撃機が直面する、レーダーの戦闘命令は何か?」「ソ連のレーダー網に、米軍の爆撃機が侵入できる抜け穴があるのか?」「ソ連の防衛網を避けるための最良の飛行高度は?」。ELINT機操縦者は、飛行の際にソ連のレーダー性能の基本データを収集する任務を持っていました。「そのレーダーが、新規のものか既存のものか?」「周波数、出力、パルスの間隔、一周する速度、スキャン・レート、ポラライゼイション(分極化)、キャリア・モジュレーション特性(変調特性)は?」など。そして、搭載している方向探知器で、レーダーの位置を探知しました。

ELINT受信器

 初期のELINT受信装置は、家庭のラジオ受信機と大差がありませんでした。すなわち、手動で正しい周波数に合わせるように、ダイアルを回す必要がありました。1950年代までに、受信装置は自動的にすべての周波数帯をスキャンするようになりましたが、それは機械的で速度は緩慢でした。

 ソ連のレーダーが連続して作動しているのなら、それでも良かったのですが、レーダーの発振が短時間だったり、ソ連の潜水艦がそうだったように突発的な発信の場合、米国の受信装置はレーダーを傍受できませんでした。ソ連は、ELINT機がレーダー信号を受信できないように、レーダー装置を止めていました。そのため、複数のELINT機が一つのミッションを組んで航行、一機はソ連領域をあたかも侵略するように飛行し、その侵略飛行に対する対空防衛ネットワークの信号を他の諜報偵察機が傍受することもありました。冷戦の期間に、32機の諜報偵察機が撃ち落とされたのを心にとめておいてください。

 ELINT機の機器設計者の究極の夢は、いかなる周波数でも、いかに短い単一のパルスでも受信できる、高確率の傍受装置を作ることでした。

 これは、二つの難しい課題に同時に挑むことでした。米軍は、現存のいかなる手動の受信装置よりも早く、しかも格段に広範囲の周波数と電磁スペクトルを整調できる受信装置が必要だったのです。またもや、スタンフォード大学の技術がこの課題に答えを出したのです。

高速スキャン/高確率の傍受――スタンフォード大学の貢献

 前回のブログで、スタンフォード大学が開発した、高出力で、電子的に整調できる後進波発振器(BWO)が、高出力で“周波数アジャイル”(別の周波数に切り替え可能)な航空機搭載ジャマーの実現を可能にしたと説明しました。

 今度は、スタンフォード大学のERLが開発した真空管が、エレクトロニクス諜報受信装置を永久に変革しました。それは進行波管(TWT) でした。

 TWTは、英国で発明され、ベル研究所で改良された真空管であり、ELINT受信装置の「至高の目標」で、瞬時にスキャンできる速度と極めて広い周波数帯域を持っていました。TWTは、マイクロウエーブ周波数において他のどの真空管より1000倍の早さで電子的整調が可能で、ギガヘルツ単位の周波数帯域で作動しました。マイクロウエーブのプリアンプ(前置増幅器)としてはゲインが高く、ノイズが低く、非常に広範囲の帯域でした。それは、ソ連領域の近辺で信号を探すフェレット(諜報偵察機)に搭載する、新しい時代のELINT受信装置としては完璧でした。

 その後、TWTは受信装置だけに使用されるだけでなく、高出力のブロードバンドのマイクロウエーブの発信装置としても使われました。