IT業界で法人向けのシステム構築の営業で最も称賛されるのはどのようなケースだろうか。純然たる新規顧客の案件獲得はポイントが高いだろう。付き合いのなかったユーザー企業に地道にアプローチし、提案を重ねて受注するというのは素晴らしい営業活動である。特に、ライバルと目される競合ベンダーのシステムを再構築の商談で奪い取り、自社のシステムに置き換える(=リプレースする)、というのはなかなかカッコいい。

 しかし、筆者がかつて在籍した外資系ITベンダーでは、リプレース以上に称賛されるケースがあった。それは「ウィンバック(Win Back)」である。ウィンバックとは奪還という意味で、一度ライバルに取られたシステムを、捲土重来を期して取り返すことをいう。例えば、自社の基幹系システムを使ってもらっていたのに、7年前の再構築のコンペで敗れてライバルベンダーのシステムに置き換わってしまった。それを7年ぶりの新たな再構築の商談で勝利し、再びその顧客を取り戻すといった場合を指す。

 ウィンバックがなぜ最高の評価を受けるかといえば、それが長く困難な道のりだからだ。営業担当者だけで実現できるわけでもない。コンペに負け、再構築のベンダーが決まっても、稼働までには1年程度の時間が掛かる。憎きライバルベンダーが新システムを構築している間、その座を明け渡すことが決まっている現行システムの運用保守作業をしなければならない。このつらい時期の対応こそが将来のウィンバックへの布石となるのである。

 ユーザー企業の心理としては、本当にベンダーを交代して良かったのだろうかと逡巡する気持ちは必ずある。新しいベンダーと再構築を進めると、当然ながらさまざまな問題が発生する。その問題への新ベンダーの対応がイマイチ期待外れであった場合などは、特に不安を強く感じるものだ。

 もし、そこで現行ベンダーがこれまでとなんら変わることなく運用保守を行い、きちんとした仕事を続けていると大きく評価が上がる。「今回は交代が決まってしまったが、他の案件では一番に声を掛けさせてもらおう」となるのだ。この言葉をもらうことがウィンバックの最初の一歩となる。

 ところが、残念なことに一部のベンダーはコンペで負けると、手のひらを返したように運用保守の仕事への熱意をなくしたり、手抜きをしたりする。ひどいケースになると、移行など新旧のシステムでの共同作業のときに意地の悪い対応を取り、ユーザー側に余計な費用を発生させることすらある。

 そうなるとユーザー企業は「やはりベンダー交代は正しい判断だった」と思うわけである。こうなるとウィンバックどころか、出入り禁止に近い状況となってしまう。現在の筆者のような客観的な立場からみると「ユーザーの心ベンダー知らず」である。ベンダー自らが、長い期間の取引実績と将来のビジネスチャンスを放棄してしまっているのだ。

 これは現場のSEや営業の責任ではなく、経営者やマネジャーの責任である。ウィンバックへの挑戦は5年以上の長丁場である。SEや営業が何度か交代しても顧客への真摯な姿勢を維持し続けなければチャンスは来ない。中長期的な顧客対応は、現場だけでどうこうできるものではない。

 まず問われるのは、どのベンダーも一様に掲げる「顧客第一」という姿勢が本物かどうかだ。そして、コンペの敗因をユーザーのせいにするか、自分たちの力不足と反省するかどうかの姿勢も問われる。これはまさに会社の経営姿勢であり、現場に対するマネジメントの問題である。

 本当に顧客第一であるならば、コンペの勝ち負けに関わらず顧客のためにどうすれば一番良いかを考え、それを提供すべきであろう。それを実践できれば、いつかドラマチックなウィンバックの日が来ることだろう。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長兼CEO、NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て、ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画、96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング、RFP作成支援などを手掛ける。著書に「事例で学ぶRFP作成術実践マニュアル」「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)、