勘と経験だけでなく、最新のデータ分析に基づいた知見を生かして勝てる組織を作る――。ブラッド・ビッド主演の映画『マネーボール』では、データ分析手法「セイバーメトリクス」を取り入れることにより、弱小チームが強豪に変わる様が描かれている。

 そして、このセイバーメトリクスにも、ビッグデータの波が押し寄せている。情報を自動収集できる「トラッキング技術」により、人がスコアブックに書いていたデータとは比較にならないほど膨大なデータを活用できつつある。その結果、データ分析の適用領域が大きく広がり、野球の構造理解が一段と進んでいる。

 国内におけるセイバーメトリクスの第一人者が、勝つための組織運営という観点から、プロ野球界でのビッグデータ分析について解説する。


「チームは選手を買うべきではない、勝利を買うべきだ」

 映画『マネーボール』(配給はソニー・ピクチャーズエンタテインメント)で、米オークランド・アスレチックスのゼネラルマネージャーであるビリー・ビーン(演じるのはブラッド・ピット)に、後に彼のアシスタントを務めることになるピーター・ブランド(演じるのはジョナ・ヒル)が、こう断言するシーンがある。あの映画を“セイバーメトリクス”を主役として観るならば、ハイライトは間違いなくこの台詞である。

 競技としての野球における最大の目的は、言うまでもなく、チームの勝利である。セイバーメトリクスは、「勝利がどうやって生まれるのかを、野球という集団競技の構造を解き明かしながら、統計的に分析して検証する手法」である。冒頭の台詞は、こうしたセイバーメトリクスの本質を端的に表したものといえる。

米野球界のデータ分析の先駆者、ビル・ジェイムズ

 米国在住の野球研究家ビル・ジェイムズ氏は、セイバーメトリクスを語る上で欠かせない人物だ。ジェイムズ以前にもデータを用いながら野球の構造を解明しようとした人は数多く存在した。しかし、野球の構造解析を体系化し、さらにはセイバーメトリクスという名前を付け、その有意性を広めた彼の功績はそれこそ計り知れない。

 ちなみに、セイバーメトリクスという言葉は、アメリカ野球学会の略称であるSABR(Society for American Baseball Research)と測定基準(metrics)を組み合わせた造語である。

 そのビル・ジェイムズが野球の構造解析の理論を初めて発表してからすでに30年以上が経過した。この間、入手可能なデータ量の飛躍的な増加やコンピュータの普及と進歩により、分析・解析範囲は拡大し、今なお広がり続けている。ただ、そうした分析・解析手法のルーツまでさかのぼると、ほぼビル・ジェイムズの研究に行き当たる。それほど彼の仕事は圧倒的なのである。