日本の名目GDP(国内総生産)は過去20年間横ばいを続け、日本企業は閉塞感の中に置かれている。それを打破するものとして期待を集めるのがイノベーションだ。日本の企業経営者と話していると、イノベーションをどう起こすのか真剣に考えている。

 イノベーションで巧みに成長した代表例がアップルだ。2002年から10年間でソニーの時価総額は7分の1に縮小したが、アップルは50倍に拡大した。アップルの躍進を支えたのは、もちろんiPodやiPhone、iPadだ。部品には日本企業のものが少なくない。技術ではなく、使い方の差が明暗を分けた。

 エレクトロニクス産業と似た状況が迫っているのが自動車業界である。2012年5月にはグーグルがネバダ州で無人走行可能な自動運転システムを搭載した自動車を公道で走らせるライセンスを取得した。日本をはじめ先進国では、若者が自動車に興味を示さなくなったといわれる中で、グーグルは自動車を移動手段と割り切り、短距離移動に最適な電気自動車に照準をあわせた。

生産のグローバル化で日本企業の強さは消失

野村総合研究所 取締役専務執行役員 コンサルティング事業担当 未来創発センター長 谷川 史郎 氏
野村総合研究所
取締役専務執行役員 コンサルティング事業担当 未来創発センター
長谷川 史郎 氏

 電気自動車は基本的にモーターとバッテリーの組み合わせで出来ている。モーターとバッテリーの技術革新は早い。このため、日本の自動車メーカーは自動車が携帯電話のようになっていくことに危機感を抱く。具体的には、携帯電話のインフラやサービスを運用する企業は収益を上げられるが、端末を生産するメーカーは収益を上げにくい構図が忍び寄ることを恐れている。

 エレクトロニクス産業と自動車産業の事例は、ハードウエアの技術よりも利用技術のイノベーションの重要性が高まっていることを物語る。生産性はアウトプット(付加価値)/インプット(コスト)で導き出す。その中で日本企業はコストを小さくすることを得意としてきた。しかし、生産のグローバル化が進む中で、それは強みにならなくなった。日本企業が停滞している最大の理由がここにある。

 閉塞感から抜け出すために、今後、日本企業は付加価値に着眼せざるを得ない。欧米では、その付加価値を拡大するものとして「デザインシンキング」という手法が注目を集めている。

●顧客価値の発見・実現に有効なデザインシンキング
●顧客価値の発見・実現に有効なデザインシンキング
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 デザインシンキングでは、顧客をよく観察し、必要とされているものを定義して発想し、実験・評価するというサイクルを迅速に回し、適切な解を見つける。万能な方法とはいえないまでも、顧客価値の発見という視点に立つと有益なアプローチだ。市場や消費者のトレンドを分析し、自社の強みや技術を棚卸ししたうえで、テーマ抽出と優先順位付けを実施し、事業計画を策定する従来の手法と異なる。

 デザインシンキングでは、顧客のリアルな状況を長時間かけて観察することで、顧客自身が気付かないニーズを洞察するエスノグラフィー、アイデアが煮詰まっていない段階から具現化を繰り返し、そのコンセプトの有効性を確認していくラピッドプロトタイピングという2つの方法論を重視する。

 すでにデザインシンキングを適用し、成功した日本企業がある。運動靴メーカーであるアキレスだ。1000件を超える運動会を分析し、コーナーで転倒する子供が多いことを発見した。その結果もとに左回りのトラック走行に適した運動靴「瞬足」を開発した。100万足で大ヒットといわれる運動靴市場で、累計3000万足という大きな成果を上げる。

先入観による誤った想定で真のニーズを見失い隘路に

 デザインシンキングでは、先入観による誤ったニーズの想定に注意する必要がある。顧客が本当に求めるものを見失わせ、検討を隘路に入り込ませてしまうからだ。一例を挙げれば、シニアは体が動かないので、通信販売が人気を呼ぶと思うかもしれないが、今のシニア層は10年前よりも歩行速度が10歳分以上速い。このため、通販のニーズはあまり高くなく、買い物の楽しみや人とのコミュニケーションに価値を見い出している。

 独り善がりな考えに陥らないようにするため、チームに外部の異なる視点を持つメンバーを参画させる必要がある。NRI では「NRI 未来ガレージ」と呼ぶ取り組みを進めている。NRIのコンサルタントとエンジニアが外部の心理学者やアーティスト、エスノグラファーを交えて議論している。運営面でも様々な工夫を凝らし、初対面の30~40人が活発に議論できる道具立てをし、議事録を漫画形式でまとめている。

 デザインシンキングを積極的に活用しながら、イノベーション力を取り戻すことで、日本企業は再生すると信じている。