日本の電機産業を支えてきたソニー、パナソニック、シャープはサムスン電子とLG電子の韓国勢にテレビ事業で押され、大幅な赤字を計上した。株価の下落に歯止めがかからず、過去2年間で半値以下になった。自動車産業でも韓国勢の躍進は目覚ましい。現代自動車は販売台数を大幅に伸ばし、2011年にホンダを抜いて世界5位になった。電機産業や自動車産業だけではなく、様々な製造業が厳しい状況に置かれている。

高機能・高付加価値の勘違い、よりどころのブランドにも陰り

俯瞰工学研究所代表 東京大学名誉教授 松島 克守 氏
俯瞰工学研究所代表
東京大学名誉教授
松島 克守 氏

 なぜ日本企業はこれほど落ち込んでしまったのか。いろいろ分析してみると、日本企業に勘違いがあり、それが苦境を招いているように感じる。一例を挙げると、国内に高機能・高付加価値の製品を残すという話。それはそれで1つの戦略だ。しかし、高コストのため低収益の製品が国内に残ったという事例をしばしば目にする。そもそも顧客が望んでいないような高機能・高付加価値も少なくない。エンジニアが勝手に暴走しているのではないかと思うことさえある。

 日本企業はブランド力をよりどころにするが、すでにブランドが落ちてしまっていることもある。テレビといえば、日本では今でもソニーのブランドにあこがれる人が少なくないようだが、世界ではSAMSUNGだ。ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が著書「イノベーションのジレンマ」で、商品の改良に目を奪われ、顧客のニーズに目が向かず、新たな商品の販売を始めた新興企業に市場を奪われてしまうことを指摘したが、それを連想してしまう。

 日本企業の衰退を招いている要因は勘違いだけでない。根本的な問題として、日本の製造業の原価率の高さが挙げられる。製造業では、通常、原価率が60%を超えると収益が上がらないといわれるが、日本の製造業には70%を上回る企業が少なくない。また、日本市場に固執し、グローバル化対応が遅れていることも指摘したい。日本経済はこの20年間成長していない。売り上げの半分以上を国内市場に依存していたら、成長が止まってしまうのは当然だ。

 では、日本の製造業を新生するためにはどうすべきか。私は4つのポイントがあると思う。

顧客価値向上、コモディティ化 これがイノベーションの本質

 1つ目はイノベーションの本質を理解することだ。イノベーションとは、高機能・高付加価値を追い求めることでも、低価格化を目指すことでもない。顧客価値向上とコモディティ化という2つの軸を見据えながら、バリューシフトを図ることがイノベーションにほかならない。

 ソニーのウォークマンを例に挙げると、ラジカセを小型化して携帯できるようにしたことはイノベーションだ。その後、ウォークマンは進化したが、ひたすら高機能を安く提供するという路線を歩んだ。対照的だったのがアップルのiPod。当初から「あなたの音楽ライブラリーをすべて持ち歩けますよ」と1000曲以上も収容でき、違う世界、違うバリューを提示した。

 携帯電話の世界にも同じ事例はある。NTTドコモのiモードは携帯電話でインターネットが利用でき、イノベーションといえる。その後、カメラや決済機能などを順次搭載し、高機能化の一途をたどったのに対し、ノキアは一貫して低価格化を追求し、コモディティー化の道を歩んだ。そこに登場したiPhoneは、周知の通りユーザーが気づかなかった顧客価値を提供し、バリューシフトを実現した。

 2つ目はネット時代と同期することだ。総務省によれば、日本でパソコンやモバイル端末を併用しながらネットに接続している人口は約6500万人に達する。日本の成人の大半が日常的にネットを使っているわけだから、今やネットに接続しないビジネスはあり得ない。その証拠に、百貨店やスーパーの売り上げが落ち、逆にインターネット通販が大きく成長している。

 しかも、このネット人口の利用端末がスマートフォンにシフトしつつある。そうなると、今ならスマートフォンにリンクさせることを考えないとビジネスには発展の余地はないだろう。

 3つ目はパラダイムシフトの先を見据えること。過去十数年間を振り返ると、2つのパラダイムシフトが起きている。1つはインターネットの商用化と一般への普及で、もう1つは進行中のモバイル化である。

 問題は、その先にどのようなパラダイムシフトが起こるのかということである。誰にも分からないが、この先に起きるパラダイムシフトは何だろうか、パラダイムシフトをどう起こすかと考えることは大切だ。そのためには、マルチな活動を進める個人と利潤を追求する企業をボーダーレス化し、両者の共生の中で新たなアイデアを創出していくべきだ。

システムで顧客価値創造を、そのカギ握るクラウド

 最後の4つ目は基幹情報システムの刷新だ。以前の情報システムは自社業務を自動化して生産性を向上させるのが主な目的だったが、現在のネット時代では顧客のパソコンやスマートフォンとつながり、顧客に利便性を提供することが情報システムに求められる。情報システムは顧客価値を創造することで初めて企業に利益をもたらすものになる。そのような情報システムを移行させるには、クラウドサービス、つまりネットワーク上で提供されているサービスをマッシュアップによって組み合わせることで容易に実現できる。

 この4つのポイントを踏まえて取り組めば、新生は決して不可能ではないと思う。再び日本の製造業が基幹産業として日本経済を牽引することを期待している。