「次の会議は確か1時間後。今のうちに、前回の会議内容を確認しておこう」。真夏日が続いた2012年8月のある日、中堅カード会社で営業部長を務める近藤進氏(仮名、50歳)は、横断歩道の赤信号の間にスマホをポケットから取り出した。1年前に購入した私物のスマホだ(写真1)。
「古いスマホは遅くてね。仕事のために買い替えたんだよ」。スマホを本誌記者に自慢しながら、慣れた手つきで画面をタッチし、スケジュールや会議資料を確認した。「そういえば、先方の担当者が変わったんだ。名前も確認しておこう」。名刺管理アプリを起動。クラウド上に保管してある名刺データを検索した。
「これらがないと、仕事にならない」。近藤部長はスマホの画面を指さし、話を続ける。「うちの会社のシステム部門は、どうも頭が固すぎる。私物のスマホやクラウドの利用を認めるようにするとか、それに近いシステムを作るとか、今どきのITをもっと勉強してほしいものだよ」。
デバイスを越える私物解禁
本誌は「私物解禁」と題し、1年以上前の2011年6月23日号で、BYOD(ブリング・ユア・オウン・デバイス)の広がりや必要性を報じた。当時は、会社支給のPCやスマホの代わりに、私物のスマホなどから会社のシステムにアクセスし、「いつでもどこでも仕事ができるようにする」ことが、新しい動きだった。
だが、わずか1年で状況は大きく進展した。会社のシステムにアクセスするだけでなく、個人が契約したクラウドサービスに仕事のデータを保管し、業務で利用するケースが増えているのだ。
冒頭で紹介した近藤部長は、米グーグルの「Google Calender」でスケジュールを管理している。会社のグループウエアには社外からアクセスできないため、会社のPCにエージェントソフトを導入。自動的にクラウド上のスケジュールと同期して、いつでもどこでも個人のスマホからスケジュールを管理できるようにした。
米エバーノートのクラウドサービス「Evernote」も活用中だ。会議資料やプレゼン資料だけでなく、スマホのカメラで撮影したホワイトボードやノートに記したメモもアップロードしている。名刺管理やオンラインストレージなどのクラウドサービスも、個人で契約し仕事で使っている。
従来のBYODであれば、外部からのデータの閲覧状況などを会社のシステム側で把握したり、社外からのアクセスをコントロールしたりできる。だが、私物の端末から個人契約したクラウドを利用する最近のケースでは、システム部門は全く手を出せない(図1)。
とはいえ、システム部門は短絡的にこれらを禁止すれば済む状況ではない。自分の時間を有効に使うため、仕事の生産性を高めるために、私物端末と個人向けクラウドを業務で使う“公私混同”を、ユーザーが求めているからだ。「社内からしか利用できないシステムよりも便利。私物のスマホや個人契約したクラウドは、業務システムの一部」(近藤部長)といった声は少なくない。