江戸しぐさは、江戸時代のビジネスリーダーである江戸商人が身に付けた「人の上に立つ者の心得」「人を使う者の心得」である。どのようにして生まれ、育まれてきたのか──。

NPO法人江戸しぐさ 理事長 桐山 勝 氏
NPO法人江戸しぐさ
理事長
桐山 勝 氏

 江戸しぐさの始まりは徳川家康が江戸幕府を開く前夜にまでさかのぼる。日本各地から商人が江戸に集り、商売を始めた。一部の特権商人を除けば大半は天秤棒をかついだ行商人。まずはお得意様を増やし、繁盛をめざして懸命に働いた。だから「繁盛しぐさ」だ。

 やがて、土地を購入、店を持つようになると、本町人として自治にも参画した。地域のことについても心配りをし、後継者養成にも力を入れ始める。ビジネス哲学、人生哲学にも心が及ぶ、「商人(あきんど)しぐさ」が生まれた。江戸講は、その研修の場だった。

 こうした豪商たちの生き方は地域にも影響を与えた。主(あるじ)は尊敬の対象になり、目標になる。従業員もそれを励みにますます研鑽を積む。商人しぐさが地域のしぐさ、文化となり、「江戸しぐさ」へと発展していった。

相手を思いやりその場を収め、無用な争いを避ける江戸しぐさ

 江戸しぐさの代表的なものに、傘かしげ、肩引き、こぶし腰うかせがある。傘かしげは、雨の狭い道ですれちがうとき、お互いに人のいない外側に傘を傾け、雨のしずくが相手にかからないようにする。言葉はかけないまでも、軽く会釈することで互いに気分がいい。肩引きは、狭い道をすれちがうとき、気持ちよく歩けるように、互いに肩を少し後ろに引き、相手の進行方向をあけること。こぶし腰うかせは、混雑する乗合船のなかで、腰をこぶし1つ分軽く浮かせて席をつめ、他の人が座れるように譲り合って席をつくる。この3つは子どもにも理解できる。

 大人だからできる江戸しぐさもある。うかつ謝りはその1つ。現代風に説明すると、電車に乗っているときに急ブレーキがかかり、隣の人の足を踏んでしまった。さて、どちらが先に謝るか。

 江戸しぐさでは、踏んだ人でなく、踏まれた人が先に謝る。足を出していた私が悪いと、その場を収める。江戸しぐさは無用な争いをしないしぐさでもある。

 また、無悲鳴のしぐさも大人ならではのしぐさといえる。知人に1年後の返済を約束させてお金を貸すとしよう。返済期日が迫り、知人からお金を返せないと相談を受けた。このとき約束違反だと相手を責めると、お金を貸した側の権威が失墜し、信用を失う。黙って相手の言い分を聞いてあげる。

自分の思いが動作に出るから思草(しぐさ)と書く

 江戸しぐさの基本は、思いやり、おかげさま、お互い様、言霊(ことだま)、思草(しぐさ)といった考え方にある。

 思いやりは相手の気持ちを汲み取り、上手に対応することだ。花に水をやるとき、バケツとジョウロのどちらがいいか。当然、ジョウロのほうが花にやさしい。人間とも同じように接すればいい。

 ものごとには表と裏があり、自分が輝いていられるのは、裏で支えてくれる陰の人がいるからだ。そこから生まれたのがおかげさま。そして、お互いさまは助け合い、譲り合いの気持ちを、言霊は魂と同じように言葉を大切にすることを、思草は自分の思いが身体の動作、しぐさに表れることを意味している。

 また、江戸っ子の条件として、仏の前では皆平等とする仏の化身、相手の都合を考えずに押しかけて時間を奪ってしまうことを戒めた時泥棒、地位などで相手を評価するのではなく、自分の目で評価する三脱の教え、明日の仕事に備え、午後はゆっくり過ごす遊び心などがある。遊びは明日備とも書く。

 江戸しぐさの根底には、動植物や大地、天などの自然を主人と考え、人間はそれに従うべきであるという草主人従、身体より心を豊かにするお心肥やしの考え方がある。こうした江戸しぐさの考え方は人の上に立つ者の心得、人を使う者の心得として広がった。

 江戸商人は、後継者を一人前に育てるため熱心に子育てに励んだ。江戸時代の七五三には家庭と地域で子どもを育てるという意味があった。また、三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文、十五理(ことわり)末決まるは大脳生理学にかなった子育ての基本といえる。

 3歳までに心の大切さを理解させ、6歳までに公私の区別を躾ける。9歳までに相手に失礼にならないようにあいさつを覚え、12歳できちんと文章が書けるようにする。そして、15歳で月の満ち欠けなど自然の摂理を理解させ、大人の仲間入りをする。これでようやく一人前の商人になる準備ができた。

寺子屋はビジネススクール 仕事への誇り、付き合いを教えた

 江戸の子どもたちが通った寺子屋では、年上を大切にする、地域の人と上手に付き合う、自分の仕事に誇りを持つといった様々なことを教えた。中には地元の豪商たちが資金を出しあった「江戸寺子屋」もあって、現在のビジネススクールのような役割を果たした。

 また、商人は丁稚奉公、職人は年季奉公をした。現在の日本では、学校や家庭で職業教育をする機会は少なくなったが、江戸時代はそれぞれの人が持ち分を果たすために職業訓練を受けた。

 私は大学でメディア論を教えている。大学生と接していると、どうもコミュニケーション能力が不足しているように思うことがある。インターネットや携帯電話といったITの発達で生活が便利になった半面、頭を使って考える機会が減り、思考力が低下しているのではないだろうか。デジタル時代だからこそ人情などのアナログ価値をもっと大切にする必要があるように思う。