現在、私はラグビーのU20日本代表監督だが、その前には母校の早稲田大学ラグビー部監督を務めていた。当時は「日本一オーラのない監督」と呼ばれた。大学選手権などで優勝したときに監督は観客席からグラウンドに降りてインタビューを受けるが、降りようとしたら警備員に制止されたこともある。私はラグビー選手としての能力も高くない。これまで全身麻酔を伴う手術を7回も受けた。自分の能力を知らずに無茶をするから、大ケガをする。優れた選手はケガをしない。

 私はこれまで1つのテーマを考え続けてきた。それは、能力の低い人間がどうすればレギュラーになれるか、どうすれば試合で活躍できるかだ。キャプテンや指導者となってからのテーマもその延長上にある。飛び抜けた才能やカリスマ性のない人間がリーダーになった場合、どうしたらチームを率いていけるか考えた。

時間軸をコントロールして判断と決断を使い分ける

日本ラグビーフットボール協会 コーチングディレクター 兼 日本代表20歳以下監督 中竹 竜二 氏
日本ラグビーフットボール協会
コーチングディレクター 兼 日本代表20歳以下監督
中竹 竜二 氏

 リーダーの重要な役割の1つは次の道を選択することである。選択の道具は判断と決断。似たような言葉だが、リーダーはこの2つを適切に使い分ける必要がある。そう考えるようになったのは大学4年生のキャプテンの経験によるところが大きい。当時、キャプテンの役割は大きかった。ゲームプランを決めるのも、選手選考もキャプテンの仕事。特に辛いのは選手選考だった。ケガをした選手の代わりを選ぶ際に決断を迫られることがあった。次の試合は3週間後。候補は2人。1人はチームメートから信頼を集めている4 年生、もう1人は生意気だが将来性のある下級生。

 2週間悩み続けても決まらない。コーチから言われた。「早く決めてチームに馴染ませろ。いくら悩んだところで、2人の力の差が変わるわけじゃない」。その通りだ。本当なら1日で決めて、チームに馴染ませるために3週間を使うべきだった。

 こう反省しながら、私は判断と決断について考えた。その際、判断は分けること(Judgment )、決断は決めること(Decision)と分けてみた。判断の対象は過去の行為であり、その基準は「良い・悪い」「正しい・正しくない」。決断は未来への動きで、その基準は「強い・弱い(強度)」「はやい・おそい(速度)」になる。

時間軸のコントロールだから繰り返せば決断は上達する

 通常、現在から過去のある出来事を振り返って「正しかったかどうか」を判断する。過去の事実は変えられないが、解釈は変えられる。一方の未来については、現在の決断によって事実を変えられる。ただし、「判断は過去、決断は未来」と固定的に考える必要はない。大事なのは、時間軸のコントロールだ。例えば、1年後の自分を想像すれば、未来から現在を振り返って「今の自分の行為は正しいか」と判断できる。決断も同様で、1カ月前の過去に自分の身を置けば、2週間前に行った決断についてレビューできる。こうした時間軸のコントロールは、一種のイメージトレーニングである。トレーニングなので、繰り返せば上達する。

 ここでリーダーの命題について考えてみたい。リーダーの命題とは、組織をゴールに到達させることだろう。そのための手段は組織マネジメントと人材育成の2つだ。2つはまったく別の作業である。

 あなたが10人の営業チームを率いるリーダーになったとしよう。組織マネジメントという手段を使ってゴールを目指す場合、適材適所が望ましい。メンバーをそれぞれの得意分野に集中させることで、チーム全体のパフォーマンスは向上する。個人の能力を超えたチャレンジは実行しないので、どうしても人材育成は弱くなる。

 天才的なリーダーは2つを同時に進めるが、天才ではないリーダーはどう考えるべきか。私が心掛けたのは2つを混同せず、整理して考えることだ。

 組織マネジメントで気をつけたのは「先に分けておくこと」と「先に決めておくこと」。前者の例は選手選考である。選考のルールは曖昧なようだが、そこに判断基準を設けて分けておく。例えば、私は選手たちに「うまい選手ではなく、スタイルを持った選手を選ぶ」と言ってきた。一方、先に決めておくこととしては、選択肢の優先順位や期限などがある。例えば、優勝を目指すのか、その時点で最高のチームをつくるのか。それによって選手選考や戦い方は変わってくる。

 次に人材育成の観点では、スキルとスタイルを明確に分け、スタイルを重視した。スキルには順番をつけられるが、スタイルにはつけられない。スタイルとは、逆境にあっても一貫して変わらぬその人らしさと表現してもよいだろう。

スキルよりスタイルを重視した逆境でも「らしさ」を貫けるか

 リーダーにとってもスタイルは重要だ。「部下の成長のため」と口では言いながら、「やっぱり数字が大事」という本音が透けて見えるリーダーもいるが、これではスタイルを持つリーダーとは言えないだろう。

 リーダーにとっては、成功と成長とを明確に分けることも大事だ。成功とは目標の達成であり、達成した瞬間に過去になる。一方、成長は能力や知力の変化を意味し、未来につながる。両者に相関関係はない。成功のポイントは適切な目標設定であり、成長のコツは適切な失敗環境と挑戦だろう。

 リーダーとしての成功と成長、部下の成功と成長、この4つの中でどれを優先するか。その優先順位を意識し、整理する必要がある。リーダーには、それを考え抜く姿勢と根性、思考の持久力が求められている。