IT革命という言葉が様々な場面で語られるようになったのは1990年代のことである。その中核はインターネットの登場によって引き起こされた情報ネットワーク技術革命だ。そもそもインターネットは、冷戦時代に米国が軍事技術として蓄積してきた情報関連技術を民生に転換したもの。今日の社会で進行しているIT革命は、冷戦時代の軍事技術を起点に始まっていることを認識しておく必要がある。

 インターネットの基盤技術に関する研究開発がスタートしたのは冷戦真っ只中の1962年のことだ。米ペンタゴン(国防総省)の要請を受けたランド・コーポレーションの研究員、パール・バランは、インターネットの基盤技術であるパケット交換方式の情報ネットワーク技術の基本コンセプトの開発に着手した。

インターネットは軍事技術 冷戦終焉で軍民転換に

日本総合研究所 理事長 多摩大学 学長 三井物産戦略研究所 会長 寺島 実郎 氏
日本総合研究所 理事長
多摩大学 学長
三井物産戦略研究所 会長
寺島 実郎 氏

 中央制御の大型コンピュータによる防衛システムの管理は、ソ連の核攻撃によって中央コンピュータが破壊されると、すべての防衛システムが機能不全に陥るリスクがある。仮に1つの回路が物理的に遮断されても、多様な回路で情報を伝達する開放系・分散系の情報システムを構築しておけば、そのリスクは解消する。こうして生まれたのがペンタゴンのARPANETだ。

 時は移り、1980年代末の冷戦の終焉に伴って、軍事技術を学術用、民生用として活用すべきという議論が巻き起こった。その結果、ARPANETを民生用に転用し、今日のインターネットになった。

 当時の軍事情報技術の軍民転換というパラダイムシフトがその後の世界を大きく変えたことを今さらながら思い知る。ジャスミン革命では、ネットワーク技術によって生まれたソーシャルメディアがアラブの人を突き動かした。

 こうした時代を迎え、我々の世界観もパラダイムシフトしなければならない。冷戦時代には世界を東西二極で認識していた。ソ連を中心とした社会主義圏と米国を中心とした資本主義圏の東西対立によって、世界は二極分化されていると考えた。

 冷戦が終了して1990年代に入ると、IT革命で先頭を切った米国による一極支配という世界観が広まり、21世紀の訪れとともに世界は多極化の時代に入る。当初、ブラジル、ロシア、インド、中国によるBRICsという言葉を使っていたが、後にNEXT11(ネクストイレブン)といった言葉が登場し、多極化は一段と進行した。

米国の一極支配から多極化へ やがて無極化の全員参加型秩序

 やがて極構造で世界をとらえることが困難な時代となり、今日では無極化、すなわち全員参加型秩序と認識すべきだという見方が強まっている。表現を変えると、これは本当の意味でグローバル化の時代に突入してきたことだ。その背景には、言うまでもなくITの影響がある。全員参加型秩序という状況で、我々に求められているのはネットワーク型世界観を持って考えることだ。

 継続的に高成長を続けてきた中国の発展を考えると、そうしたネットワーク型世界観でとらえない限り、その本質は見えてこない。かつて社会主義圏だったロシアや東欧圏諸国がこの20年、悪戦苦闘を続ける中で、なzせ中国だけが1997年のアジア経済危機や2008年のリーマンショックを乗り越え、年率10%という高成長を維持できたのか。中国を単体で論じている限り、その意味を理解することは困難だ。

 その代わり、中国に加え、香港、台湾、そして人口の76%を中国系が占め、華僑国家とも呼ばれるシンガポールを加えた「大中華圏」という中で中国の発展をとらえると、いろいろなことが見えてくる。

 香港が英国から中国に返還されたのは1997年。すでに15年が経過している今日、香港は主に華南経済圏の物流センター、ファイナンシャルセンターの役割を担っている。その一方で、昨年の中国の海外出国者数は7025万人という驚くべき数字に達しているが、そのうちの約5000万人が香港、マカオに渡航したと考えられている。中国は香港の資本と技術を取り込んで開発の糧にする一方で、豊かになった中国人が香港を訪れ、香港経済を支える構造が浮かび上がってくる。

生産拠点を構える台湾企業 中国の輸出に大きく貢献

 また台湾は、2010年に中国との間で「中台経済協力枠組み協定」という自由貿易協定を締結し、馬英九政権下で大陸との連携を強めている。すでに100万人を超える台湾人が中国本土に移住し、台湾企業は生産拠点を中国各地に構えている。中国のエレクトロニクス産業の輸出の半分以上は、こうした台湾企業の生産拠点からのものといわれている。そのほか、シンガポールは大中華圏の南端にあって、中国とASEANをつなぐベースキャンプとしての役割を果たしている。

 中国は、香港、台湾、シンガポールの資本と技術を取り込みながら、ネットワークの一翼を担う存在として成長を続けてきた。大中華圏というネットワーク構造の中で初めてその本質が見えてくる。国民国家という枠組みではとらえることはできない。

 その背後には、言うまでもなく物流、人流などすべてを支えるITの基盤がある。我々はITの有用性に目を向けるだけでなく、ネガティブな面も視野に入れながら、どのようにして健全なIT社会をつくりあげていくべきかという問題に正面から向き合っていかなければならない。