ガートナーでは、クラウドコンピューティングへの期待値はピークを越えたと分析している。ガートナージャパンの鈴木雅喜 リサーチ部門 ITインフラストラクチャ&セキュリティ リサーチ ディレクターは、冷静に判断できる今だからこそ、クラウドコンピューティングの真の力を見極めるべきだと説く。

 そのうえで鈴木リサーチ ディレクターは、クラウドを基盤とした「Nexus of Forces(力の結節)」を理解し、事業競争力に結びつけるべく迅速に取り組むべきだと主張する。

(聞き手は田島 篤=ITpro副編集長、構成は藤本 京子=ITpro)

写真●ガートナージャパンの鈴木雅喜 リサーチ部門 ITインフラストラクチャ&セキュリティ リサーチ ディレクター
写真●ガートナージャパンの鈴木雅喜 リサーチ部門 ITインフラストラクチャ&セキュリティ リサーチ ディレクター

クラウドコンピューティングの現状について、どう見ているのか。

 ガートナーでは、クラウドコンピューティングをはじめとするITトレンドの普及状況や成熟度、またユーザーの期待値をハイプサイクル上で示している。クラウドコンピューティングへの期待値は2010年から2011年にピークを迎えていた。約2年という長期間にわたってピーク期を維持していたのは、IaaSやPaaSなど、クラウドの適応領域が広いことや、グーグル、アマゾン・ドットコムといったプレーヤーが実際にクラウドでビジネスを展開していたことにある。ただ、ピークに至るまでは啓蒙期なので良い話題ばかりが先行する。そのため、啓蒙期までの話をすべてを真に受けてはいけない。

 2012年8月に発表した最新のハイプサイクルでは、ついにクラウドへの期待値がピークを越え、下降の段階に入った。いまクラウドコンピューティングはピーク期から幻滅期のちょうど中間あたりにある。この時期には、ピーク期までとは逆に、否定的な話題が目立つようになる。

 そのため、今はクラウドコンピューティングに対して、あまりネガティブになりすぎないようコントロールしなくてはならない。例えば、ファーストサーバのデータ消失事件が今年6月に発生したが(関連記事)、だからといって一概にクラウドはダメだというわけではない。ピーク期から幻滅期にかけては、クラウドの本当の力は何かということを見直すには良い時期だ。テクノロジーを冷静に見極める姿勢が必要となる。

では、クラウドの本当の価値とは何なのか。

 プライベートクラウドの場合、効率化や統合でコスト削減につながったというユーザーが多い。しかし、プライベート、パブリックにかかわらず、やはりクラウドの本当のメリットは、新しいことを始めるときに素早く開始できるという点にある。

 例えばビッグデータ分析を始めるといった場合、最初から大規模な事例に取り組むことはほとんどない。最初は比較的少量のデータで試すことから始めることになる。こうした実証実験の初期段階では、必要なシステムをすべて自前でそろえる必要はないだろう。クラウドを使って試し、うまくいかなかったときにはやめればよい。

 逆に、うまくいって急速に伸びているサービスでは、クラウドでリソースを必要に応じて増やすことができる。このように、迅速で柔軟な対応ができることこそ本当のクラウドの価値なのだ。クラウドの真の価値をもう一度見直し、有効な活用法を考えるべきだろう。

今後、企業はいかにしてクラウドに取り組むべきなのか。

 インフラベンダーの動きを見ていると、どのベンダーもパブリッククラウドやプライベートクラウド、仮想プライベートクラウドをどのように連携させて動かすかを考えている。今後このような動きはいっそう広がるだろう。

 ただ、各種クラウドの連携を考えているベンダーにしても、まだクラウドをその閉じた世界でのみ捉えている。ガートナーでは、「ソーシャル」「モバイル」「クラウド」「インフォメーション」という4つの力の結びつき(結節)が新たなビジネスチャンスを生み出すという考えから、「Nexus of Forces(力の結節)」が重要だと見ており、クラウドもクラウド単体として見るのではなく、その他の力との組み合わせで捉えるべきだと主張している。

 例えば、個人でPCを使った作業をする際、これまでであればPCそのものの機能に依存していた。それが今ではクラウド化が進み、さまざまなデバイスで同じ作業ができるようになっている。このコンセプトが企業アプリケーションにも浸透するべきで、クラウド上の企業アプリケーションをモバイルで利用できるといった方向に幅が広がっていくはずだ。

 また、前回に紹介した日本交通の事例を思い出してほしい。スマートフォンのアプリ「日本交通タクシー配車」からタクシーが呼べるサービスだ。モバイルで乗客との関係性を変革し、クラウドで拡張性を持たせることでデータ分析を可能にし、インフォメーションを力に変えている。4つの力を連鎖的に事業競争力に結びつけている事例だ。

クラウドを基盤にした、こうした事例は増えているのか。

 残念ながら、実際にはこうした活用法はまだ進んでおらず、企業アプリケーションをクラウドに持っていくことさえ簡単には進んでいない。既存の企業アプリケーションをクラウド化するには、最初から作り替えなければいけないケースが多いためだ。

 Nexus of Forcesで述べている4つの力が総合的に作用すると気づいている企業はまだ少ない。しかし、これが企業に与えるインパクトは非常に大きいのだ。それに気づいて、企業は迅速に対応すべきだろう。