急速に進む企業でのモバイル利用を無視することは、事業展開上の大きなリスクにつながる――。ガートナージャパンでリサーチ部門 ITインフラストラクチャ&セキュリティ リサーチ ディレクターを務める鈴木雅喜氏は警告する。

 鈴木氏はまた、企業におけるモバイル活用を限られた範囲の動きとみるのは間違いだとも指摘。クラウド、ソーシャル、インフォメーションと合わせた4つの大きな力の連鎖である「Nexus of Forces(力の結節)」(関連記事)の潮流として捉えることの重要性を説く。

(聞き手は田島 篤=ITpro副編集長、構成は藤本 京子=ITpro)

現時点での企業におけるモバイル活用の動向から聞きたい。どの程度進んでいるのか。

写真●ガートナージャパンの鈴木雅喜 リサーチ部門 ITインフラストラクチャ&セキュリティ リサーチ ディレクター
写真●ガートナージャパンの鈴木雅喜 リサーチ部門 ITインフラストラクチャ&セキュリティ リサーチ ディレクター

 ガートナーの調査によれば、国内企業でのモバイルの導入率は、去年から今年で倍以上となった。中でもスマートフォンの導入率は約2.5倍、タブレットに至っては3倍近く導入率が伸びている。つまり、企業でのモバイルデバイスの利用は、すでに大きなトレンドになっており、このトレンドを無視することは事業展開をする上での大きなリスクにつながる。

 1990年代にウェブやメールが普及し始めた頃を思い出してほしい。最初は会社でウェブやメールを使っていると仕事中なのに遊んでいると思われたりした。しかし、たった数年で業務に使うことが当たり前になった。モバイル化についても同じこと。いまやモバイル端末で仕事のためにメールやメッセンジャーなどを利用し、リアルタイムにコミュニケーションを取ることが当たり前になりつつある。しかもこれは、ここ1~2年で起こっていることだ。企業のIT担当者は、このような変化が起こっており、それがいつの間にか業務上でも当たり前になることを理解すべきだろう。

では、導入が進むモバイル活用の課題は。

 モバイルの導入は進んでいるものの、メールやメッセンジャーを使うのみにとどまっている企業が多い。業務アプリケーションとモバイルを連携させて成果を上げている企業はまだまだ少ないのが実情だ。

 これはモバイルのトレンドを、その限定された範囲のみで捉えているケースが多いためである。ガートナーでは、「ソーシャル」「モバイル」「クラウド」「インフォメーション」の4つの力の結びつきが強まることで新たなビジネスチャンスが生まれることから、「Nexus of Forces(力の結節)」が重要だと見ており、モバイルの活用も他の要素と合わせて考えるべきだ。

Nexus of Forcesの具体例はあるのか。

 例えば日本交通では、2011年1月よりモバイル配車システムを導入している。スマートフォンのアプリ「日本交通タクシー配車」からタクシーが呼べるサービスで、当初は約3200台のタクシーを対象としていた。それが同年12月にはマイクロソフトのクラウド基盤「Windows Azure Platform」を活用して全国展開を図り、2012年7月には利用可能なタクシーの台数が1万3810台となった。その結果、1年半でアプリ経由の売上が5億円にもなった。

 興味深いのはタクシーそのものもモバイルの役割を果たしていることだ。タクシーがGPS(全地球測位システム)をはじめとするセンサー機器を搭載しており、乗客を乗せているか否か、どこを走っているのかといったデータを発信している。これをクラウド上に蓄積し、データ分析している。

 モバイルアプリには、ソーシャル機能も備えている。つまり、モバイルで乗客との関係性を変革し、クラウドで拡張性を持たせることでデータ分析を可能にし、インフォメーションを力に変えている。つまり、モバイル、ソーシャル、クラウド、インフォメーションのすべてに関連性のあることが、この事例からわかるだろう。これはまさにNexus of Forcesの典型だ。これらをばらばらで捉えていると、ここまでのビジネス拡大にはつながらない。

モバイルを活用してビジネスの価値を高めるために、企業は何をすべきなのか。

 何をどうやって使うのか、ビジネスの価値はどこにあるのかをよく考えなくてはならない。モバイルを導入してすぐに使えるものもあれば、アプリケーションをクラウド側に置いて活用することや、情報共有することなど、ビジネスとしての広がりはまだ追求の余地がある。

 カフェなどでは、メニューがiPadなどのモバイル端末で確認できるようなサービスを展開しているところがある。紙のメニューで見るよりもずっときれいでおいしそうに表示されており、それだけでも価値がある。このように、いかにしてビジネスの価値を高めるかを考えるべきだ。

 IT部門に所属する人であれば、Nexus of Forcesの各要素の重要性と最新動向をきちんと把握しているだろう。ソーシャル、モバイル、クラウド、インフォメーションそれぞれがITシステムに与える影響力の大きさは、IT部門にすでに十分認知されており、これらの力が合わさるとより大きな潮流になることも容易に理解できるはずだ。

 しかし、経営側にトレンドの価値やリスク、ビジネス拡大・創出の可能性をいかにして伝えるのか、また企業内でどう活用するべきなのかまでは理解できていないケースが多い。

 また、複数のトレンドが同時発生的に起こっており、それぞれが独自の課題を抱えている。そのため、個々のトレンドの対応に追われ、全体としてどのようにビジネスに生かせるのかまで手が回っていない。日本の組織は細かな部分で徹底的に対応することは得意だが、全体像を把握するのは不得意なようだ。個別の動きだけでなく、大きな潮流を理解してビジネスに取り入れていくことが大切だ。