「『ソーシャル』がいよいよエンタープライズITの内側に入り込んできた」。ガートナー ジャパンの本好宏次 リサーチ部門 エンタープライズ・アプリケーション リサーチ ディレクターはこう語る。

 ここ1年~2年で、業務システムのフロントエンドや社内の情報共有、人材のマネジメントなど、社内システムのさまざまな領域においてソーシャルメディアやソーシャルネットワークサービス(SNS)の機能や仕様が取り込まれるようになった。

 その背景にあるのは、「The Nexus of Forces(力の結節)」。ガートナーはITリーダーと企業組織を取り巻く新たなITの潮流、言い換えればあらがうことのできない大きな流れを予見し、このようなキーワードとして表現している。

 今後に起こり得るThe Nexus of Forcesとは何か。そして、企業情報システムに押し寄せている「ソーシャルの波」にどのように対処すればよいのか。本好リサーチ ディレクターに聞いた。

(聞き手は田島 篤=ITpro副編集長、構成は高下 義弘=ITpro)

写真●ガートナー ジャパンの本好宏次 リサーチ部門 エンタープライズ・アプリケーション リサーチ ディレクター
写真●ガートナー ジャパンの本好宏次 リサーチ部門 エンタープライズ・アプリケーション リサーチ ディレクター

最近、社内の情報共有のためにSNSを採用する企業が増えてきたり、BYOD(Bring Your Own Devices)の動きが強まったりと、企業情報システムを取り巻く状況が大きく変化している。この状況をどう捉えているのか。

 ビジネスおよびITの世界に押し寄せている変化をガートナーは、「Nexus of Forces」というキーワードで表現している。日本語に直訳すると「力の結節、あるいは力の連鎖」となる。もう少し説明すると、「ITリーダーおよびITリーダーが所属している企業や組織が今直面している社会的なフォース(力)」という意味になる。

 フォース(力)は大きく4つある。クラウド、モバイル、ソーシャル、インフォメーションだ。それらが互いに組み合わさり、連鎖的な動きが生み出されたり、派生的な影響が起きたりする。ユーザーの行動様式が変わり、破壊的な変化が起きるのと同時に、新しいビジネスチャンスも創出される。そのような現象がすでに起きつつあり、今後は本格的な潮流となってITの世界に押し寄せるだろう。このようなメッセージが、このThe Nexus of Forcesに込められている()。

図●The Nexus of Forceの概念図(出典:ガートナー)。
図●The Nexus of Forceの概念図(出典:ガートナー)。
クラウド(Cloud)、モバイル(Mobile)、ソーシャル(Social)、インフォメーション(Information)という4つの大きな力が同時に作用することにより、連鎖的なさらに大きな動きが生み出される。

具体的には、どんな動きがThe Nexus of Forcesに当てはまるのか。

 一昔前、電子商取引の登場によって小売業や流通業は大きな変化を余儀なくされた。変革者の代表が米アマゾン・ドット・コムである。アマゾンという破壊的な力を備えたベンダーが登場したことで、業界の構造や企業の競争環境はがらりと変わってしまった。

 これはアマゾンというEC業者が持つ単独のフォースによって起きた変化だが、今後は4つの力が組み合わさる。4つの力の結節によって、これまで以上に破壊的かつ革新的な動きが出てくることになるわけだ。

 例えば米国では、モバイル決済のサービスが注目を浴びつつある。米スクエアという新興企業の決済サービスや、米ペイパルの「PayPal Here」がその代表例といえる。これは、iPhoneなどのスマートフォンにクレジットカードリーダーを外付けして、スマートフォン上でクレジットカード決済ができるようにするサービスだ。モバイル対応により、決済手段の幅が広がる。モバイル決済は、モバイル、そしてサービスを動かすクラウドという二つのフォースが結節して起きている変化といえるだろう。

 BYODもThe Nexus of Forceによってもたらされた動きの一つだ。ITのコンシューマライゼーションが進み、企業のIT部門は、ユーザーによる「自分が個人で所有しているIT機器を仕事でも使いたい」という要求に対応せざるを得なくなった。その流れに応じて、エンタープライズITの領域におけるiPhoneやiPad、その作り手である米アップルの存在感が急速に大きくなっている。この背景には、モバイル決済サービスの台頭と同様に、モバイルとクラウドという二つのフォースが存在している。

 ソーシャルのフォースが本格的に企業内に入り込んでくるのはこれからだが、その兆候はすでに数多く見られる。6月に米マイクロソフトが企業内SNSを開発している米ヤマー(Yammer)を買収すると発表した。今後はマイクロソフトの業務ソフトである「Dynamics AX」と社内SNSであるYammerを連携させて新しい機能を実現する、といった動きが出てくるだろう。ガートナーでは「2013年末までに新たなビジネス・アプリケーションの75%に、ユーザー・エクスペリエンス向上の目的で、ソーシャルな活動スタイル、規則、情報フィードに対応するための機能が組み込まれる」と予測している。

 インフォメーションの領域ではビッグデータが注目のキーワードだ。私たちはビッグデータを「高度な洞察や意思決定を行うために、コスト効果が高い革新的な情報処理プロセスを必要とする、大量・高速・多様な情報資産」と定義している。大量というだけでなく、多様なデータを高速に処理できるようになったため、経営にさまざまな変革がもたらされるようになった。

 パン製造販売で有名なアンデルセンのグループ企業、アンデルセンサービスは、原価計算のシミュレーションシステムの基盤部分をHadoopベースに入れ替えたそうだ。その結果、製品原価を算出するバッチ処理に従来4時間かかっていたのが、20分に短縮できた。意思決定のスピードが早まり、最適な経営判断が下せるようになったわけだ。その動作環境にはアマゾンのクラウドサービスを採用している。まさにクラウドとインフォメーションという2つのフォースがあってこそ実現できたといえる。

 総じて、ガートナーとしてはクラウド、モバイル、ソーシャル、インフォメーションといったそれぞれの要素が密接に連携して、化学反応のような事象が起きてくると見ている。その動きは、単なる要素の組み合わせや融合という表現には収まらない。このような意味やメッセージが、The Nexus of Forcesという言葉に込められている。

The Nexus of Forcesの流れに対応するために、ITリーダーや企業はどう行動すべきか。

 The Nexus of Forceは不可避な流れであるといえるが、うまく自社に取り込めば、革新的な商品やサービスの実現につながる。ひいては市場における優位性を保つことができるだろう。

 ガートナーとしては、自社で採用実績のある、あるいは今後採用を検討しているITベンダーの戦略を、The Nexus of Forcesの考え方に沿って評価することを推奨している。

 大手のITベンダーを中心に、モバイル分野やソーシャル分野のさまざまな新興企業を買収したり、組織体制の強化を実施したりしている。こうした各ベンダーの動きを見る際に、The Nexus of Forcesの観点から評価すると、そのベンダーの方向性が全体の流れに沿っているかどうかが判断しやすくなる。それは、自社の経営が流れに乗ることができるかどうかを意味する。