Walked Away with Glasses
急いで開発した場合によくあるように，Optimodeには改善の余地があった。これが，OptimodeをOptimizerに変える要因になった。Optimodeで使ったSMPTEカラー・バーの代わりに，THX社は色相，彩度，明度にそれぞれ対応する新たなパターンを考案した。
その理由を問えば，Optimodeの開発時の見落としにたどり着く。Optimodeを市場に投入する前，THX社の開発チームには，多くのディスプレイの設定画面を確認する時間の余裕がなかった。「SMPTEカラー・バーで，色相の調整に用いるのは画面のど真ん中の部分。そこは，多くのディスプレイがメニュー画面を表示する部分だった」（Rick）。つまり，メニュー画面に隠されて，ユーザーが色相を調整しにくい場合があるわけだ。
Optimizerが完成すると，Rickは家電製品の量販店やホーム・シアターのイベントに出向いて，ユーザーやシアター・システムを設置するプロの生の声を集めた。
ある時Rickは，自宅のそばにある，南カリフォルニア，ノーウォークの会員制の量販店「コストコ」に赴き，エピソード1のDVDを使いながら，Optimizerの設定作業を実演した。テレビ置き場の担当者を相手に，一つひとつ手順を説明する。
「その時突然，彼は私の後ろを見やったんだ。通り過ぎる人に，注意でも引かれたのかと思った。振り返って驚いた。実際は40人もの人が，足を止めてデモを見ていたんだ」（Rick）。奇妙なメガネを掛けた2人組の挙動は，買い物客の関心を呼ばずにはいられなかったらしい。1人と話していたつもりのRickは，知らぬ間に40人を相手にしていたのだった。この時Rickは，たまたまメガネを100個持っていた。「デモを見ていた全員が，メガネを掛けたまま，その場を後にしたんだよ」（Rick）。
Small Changes，Big Issues
Optimizerには，一般消費者向けと併行して開発した，プロ向けのバージョンもある。DVDを作製する工程で利用するものだ。
Rickによれば，このバージョンの狙いは，DVD用のマスタ・ファイルを作る際に生じる色合いの変化を補正することにある。人の目は，実はこの違いに気付きにくい。色の違いを無意識のうちに調整する傾向があるためという。現に，THX社がOptimodeやOptimizerを開発するまで，DVDの制作会社はこの差異を気にしていなかった。微妙な違いを検出する手段を持たなかった以上，無理もない話かもしれない。
各社が注意を払わなかった理由の1つは，デジタル技術そのものにもあるという。「このビジネスでは，映像はデジタル・データと見なされ，データである以上完ぺきだと思われている。事実はそうではないんだが」（Rick）。THX社が掲げる高い基準と，細部に対するこだわりは，Rickの次の言葉からも明らかだ。「DVD用マスタを上回る品質のDVDができるはずがないから，僕らの観点でこのマスタは絶対正しいと確信できるほどに，品質を高めなければならない」。
プロ向けOptimizerは，一般消費者向けバージョンにはないテスト信号を用いる。これにより，映画用のマスタ・ファイルと，DVD用のマスタ・ファイルを簡単に比較することができる。
DVD用のマスタをオリジナルの映画に限りなく近づけるために，THX社は業界で初めて，DVDの複製工程に波形モニタとベクトルスコープを持ち込んだという。いずれも，画面に表示したカラー・バーの状態を測定して，正しい色合いや輝度の再現につなげる装置である。
プロ用のOptimizerを利用し始めると，圧縮前のマスタとDVD用マスタの違いが実際に見つかった。Optimizerのテスト信号を使ってDVD用マスタを圧縮前と比べてみると，肌の色調や輝度などの設定が微妙に変わっている。しかも「我々は，DVDの制作会社がどの圧縮ツールを使うかによって，画像に異なる変化が現れることに気付いた」（Rick）。
THX社はDVDの制作会社にこの現象を報告し，原因を調査した。どうやら，圧縮前のマスタをMPEG-2方式で符号化する最中に，ツールの「癖」が反映されるようだ。例えば，ある企業が使っていた独自ソフトウエアは，画面中のある物体の色が変わってしまっていた。青色の強さが，圧縮前と違う。
一見，ささいな問題のようだが，アーティストにとっては一大事である。「青は冷たい感情を喚起するためによく使う。色がズレると，アーティストが意図した，シーンが観客にもたらすはずの感情を左右してしまう」（Rick）。
THX社が指摘した圧縮プロセスの問題に対する解決策は，多くのDVD制作会社の間で非公式に飛び交った。業界の内側では，最善の方法が次第に蓄積し体系立てられ，いつしか業界標準のごとき存在になっていった。
