「エピソード1/ファントム・メナス」は,大手映画会社が配給する映画として,史上初めてデジタルで上映された。エピソード1がデジタル・シネマ技術になした貢献は,それだけではない。エピソード2,エピソード3で花開く技術が,エピソード1にも「ちょい役」で参加している。

 1つは,デジタル・キャラクターの作成技術。技術の粋を凝らして作り上げたこのキャラクターの扱いをめぐり,米Lucasfilm Ltd.はほろ苦い経験をする。もう1つが,デジタル撮影用のカメラ技術。エピソード1の経験を肥やしに,エピソード2で念願の主役の座を射止めた。

The Curse of Jar Jar Binks

図●右上:ソニーのデジタル・ビデオ・カメラで撮影した「エピソード1/ファントム・メナス」の1シーン(Copyright c Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved.),左下: 「エピソード2/クローンの攻撃」の撮影向けにソニーが 開発した24フレーム/秒のHDTV 対応デジタル・ビデ オ・カメラの試作機を,プロデューサーのRick McCallum 氏がのぞき込む様子
図●右上:ソニーのデジタル・ビデオ・カメラで撮影した「エピソード1/ファントム・メナス」の1シーン(Copyright c Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved.),左下: 「エピソード2/クローンの攻撃」の撮影向けにソニーが 開発した24フレーム/秒のHDTV 対応デジタル・ビデ オ・カメラの試作機を,プロデューサーのRick McCallum 氏がのぞき込む様子

 エピソード1にはコンピュータが創造した,映画史上初のキャラクターが登場した。それ以前にもあった恐竜や怪生物と異なり,自らの意志を持ち,人間の俳優とほとんど対等に対話ができる。それがジャー・ジャー・ビンクス―水陸両生のグンガン族の一員で,ジェダイ騎士団を助けるおどけ者―である。ジャー・ジャーはデジタル特殊効果の賜物であり,エピソード1の舞台裏を彩るハイライトの1つだ。米Industrial Light & Magic(ILM)社の作品で,3年を超える歳月と,延べ600人近い人材を費やした。

 ジャー・ジャーを生み出すために,ILM社は新たなコンピュータ・グラフィックス用のツールを幾つも作り上げた1)。これらのツールは,エピソード2でも活躍することになる。1つは「Carinev」。コンピュータ・グラフィックスのキャラクターに動作を与えるILM社の独自ツール「Caricature」用のプラグイン・ソフトウエアである。キャラクターの「関節」や「皮膚」,「骨格」の相互作用を効率的に設計できる。

参考文献1) Duncan,J. et al., “Heroes’Journey,”CINEFEX, no.78, pp.74―145, Jul. 1999.

 ジャー・ジャーがまとう服の描写も困難を極めた。George LucasにStar Warsシリーズの再開を促した「ジュラシック・パーク」の恐竜では,考えずに済んだ問題だ。ILM社は,服の振る舞いを表現するソフトウエアを開発した。ジャー・ジャーの柔らかい耳の描画などにも,このツールを利用した。

 エピソード1には,もう1人のデジタル・キャラクター「ワトー」が登場する。ハチドリとセイウチの中間といった趣の容姿を持ち,スペースシップの中古部品を扱う店を切り盛りする。ちょこまかと店中を飛び回るワトーは,道具をぶら下げるベルトを腰に巻いている。ILM社は,ワトーの動作に合わせて動く道具の挙動を物理学的に導き出すツール「Glue」も作り出した。

写真1●Jar Jar Binks(Copyright c Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved.)
写真1●Jar Jar Binks
(Copyright c Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved.)

 ILM社の技術陣の熱意とは裏腹に,エピソード1の観客はジャー・ジャーを必ずしも歓迎しなかった。ジャー・ジャーの振る舞いは,多くの観客の気に障った。不器用でコミカルな性格の彼の話しぶりには,カリブ海出身の黒人を思わせるところがあり,Lucasfilm社を人種差別のかどで非難する声さえあった。ジャー・ジャーをこき下ろすWWWサイトを開いたファンもいた。2005年夏のコンピュータ・グラフィックス技術のイベント「SIGGRAPH 2005」で,エピソード1~3のアニメーション・ディレクターを務めたILM社のRob Colemanは,ジャー・ジャー・ビンクスを指して「登場すべきでなかったキャラクター」と語った。